料理人を目指すはずが一転… リオ五輪代表DFに逞しさを植え付けた幾つかの出会いと転機

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 高校卒業とともに、サッカーは辞めようと考えていた。それが今や五輪のメンバーに選出され世界の舞台を経験した後、J2で14節終了現在2位につける福岡にとって不可欠な主軸となっている。多くのJリーガーがプロになった背景や経緯には興味深いストーリーが多いが、亀川諒史というプレーヤーもそのひとりである。

【PHOTO】福岡がアウェーで首位・湘南を撃破! 2位に浮上
 
 帝京三高でプレーしていた高校時代は無名の存在だった。卒業後は、料理人である親戚の姿に憧れ、料理の道を歩もうと進路を決めていた。しかし、人生が一変したのは湘南のスカウトが、帝京三高の別の選手を視察に来た時だった。
 
「他の選手を観に行った時、カメ(亀川)が目立っていて。『あいついいじゃん』と。そして、練習に呼んだんですよ」
 
 湘南ベルマーレの小原光城強化本部長は、彼を発掘した日のことをこう語っていた。そして、練習でも好プレーを見せた亀川は湘南と契約するに至り、高卒でJリーガーとなったのだ。
 
 しかし、入団1年目はグロインペンをはじめとした度重なる負傷に悩まされ、別メニューをこなす日々が続き、満足にプレーできなかった。当時は、湘南の練習を定期的に見ていた筆者でさえ、彼のプレースタイルが分かりかねるほどだった。それでも、プロデビュー戦となった2012年9月の天皇杯2回戦・愛媛FCとの一戦で、自らの存在を強く示してみせるのだ。
 
 相手ボールをインターセプトし、そこから攻撃に転じる際の縦への推進力は敵を圧倒した。「物怖じしない選手だな」と感じたが、今もそれが亀川の特長であり、自身を象徴するスタイルであることは不変だ。唯一無二のこの武器をベースに、亀川はここまで這い上がってきたと言えるだろう。
 
 2013年に湘南が戦いの舞台をJ1に移すと、コンスタントに出場機会を掴み、初ゴールも記録する。練習では曺貴裁監督からマンツーマンで守備のポジショニングを指導される場面もあったがプレーが安定してくると、秋口にはついにU-20日本代表にも招集された。その頃から亀川の目には「リオ五輪代表」が視野に入ってきた。
 
 しかし、3年目の2014年シーズンは思ったほどの活躍ができず、翌年に福岡へ期限付き移籍を決断するのだ。

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「湘南から残ってくれと言われていましたけど、この世界は試合に出ないと意味がないと思っていますし、オリンピックのことを考えたら、ゲーム勘や出場機会というのは必要になってくる」
 
 こう覚悟を決めて移籍した先の福岡では完全なる主力としてJ1昇格を経験。翌年には念願叶ってリオ五輪の代表にも選ばれた。だが、その一方でチームはJ2降格の憂き目を見ることになった。
 
「個人としても、もっともっと上を目指したいと思っていますし、日本のトップレベルのJ1というところで、ずっと戦っていきたいという思いはある」
 降格間際に亀川はこうJ1残留への強い思いを口にしていたのだが、果たしてそれは叶わず。福岡の降格が決まった後、彼のもとにはJ1クラブからのオファーが届いた。しかし、彼は福岡への残留を選択したのである。その背景には、信頼して止まない指揮官の存在があった。
 
「福岡で井原さんに出会ってオリンピックに出られたという事実もあると思うので。それなのに自分だけで出ていくという選択肢は……。迷った部分は正直ありましたけど、もう一度井原さんと一緒にJ1に上がってやりたいという気持ちが強かった。チームが落ちて、話があったなかで出ていくのは簡単かもしれないですし、J1にいくこともチャレンジという人もいるかもしれません。だけど、僕はJ2に残って1年で上がるというそのチャレンジをしたいと決断した。だからこそ今年は是が非でもJ1に上がらなければいけないと考えています」

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 1年でJ1へ、という強い思いを持ったなかで迎えたJ2リーグ・14節の相手は、古巣である首位の湘南だった。そして、勝てば順位が逆転するという状況で、チームは3-0の快勝を収める(※14節終了時で1位・横浜FC、2位・福岡、3位・湘南)。その試合後、亀川は自らを育ててくれた湘南に、最大限の感謝の言葉を口にした。
 
「湘南にいた3年間で自分のベースというものはでき上がったというのはすごく感じています。それがなかったらオリンピックにも出られなかった。今も、そのベースを福岡で個人として出せているとは思っています。曺さんから教わった部分や湘南スタイルは個人でも出せるし、絶対に忘れてはいけない。湘南にいた時に『走るという部分でそれを嫌う監督はいない』と曺さんに言われて。それは自分の中で頭に残っていますし、福岡に行ってもう3年ですけど、忘れずにやっている部分でもあります」
 
 湘南と福岡という異なる地で自らを育てくれたふたりの指揮官の存在が、亀川の根底を支えおり、まだ貪欲に成長したいという思いも強い。「上を目指してやり続ける」と会うたびに彼は、口にする。
 
 18歳でサッカーを辞めようと思った少年は、6年の時を経て、見違えるほどに逞しさを増していた。
 
取材・文:竹中玲央奈(フリーライター)

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