災害危険区域になった古里 記憶語り継ごう

画像昔のアルバムを見ながら、古里の思い出を語り合うYAMA学校のメンバーら

 東日本大震災で被災し、災害危険区域となった仙台市宮城野区蒲生北部など旧中野小学区の住民らが、古里の思い出を語り継ごうと、自主グループ「中野ふるさとYAMA学校」を設立した。住民の多くが地区外に移転した地域の資料の保存収集、語り部活動やイベントなどを企画。「離散した住民の交流を図り、歴史や震災の教訓を広く発信したい」としている。

 宮城野区の高砂市民センターなどが2015年に始めた講座「中野ふるさと学校」の受講生らが中心となって4月に発足し、メンバーは14人。グループ名は地域のシンボルだった「日本最低峰」とされる日和山(標高3メートル)にちなんだ。気軽に活動しようと「アルファベットで遊び心を加えた」という。

 同市民センターで月1回、定例会を開き、古里の継承に向けた活動を展開する。センター内の「中野ふるさと資料室」の整備に取り組むほか、市科学館(仙台市青葉区)で6月11日まで開催中の小企画展「蒲生干潟展」にも協力。講座で制作した震災前の日和山のジオラマを展示し、メンバーらが来場者に説明(不定期)している。

 7月1日には市民センターと連携して日和山登山を企画。地元の高砂神社で安全祈願を行うなど、地域の歴史に親しむ催しにして広く参加を呼び掛ける。8月には、兵庫県から訪れる高校生らに震災体験などを語る予定もあるという。

 YAMA学校代表の佐藤政信さん(70)は「被災して住民は分散してしまったが、古里を語り合い、元気に過ごすきっかけにしたい。地域の昔の様子や震災の話を聞きたい人への窓口も担っていきたい」と話す。

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