《ブラジル》県連故郷巡り=「承前啓後」 ポルト・ヴェーリョとパウマス=(30)=1500Haで中規模農家

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昨年11月に結婚40周年を迎えた馬場アヤ子さんと夫の和義さん

 エジソンさんの説明は実に論理的だ。「年に大豆1回1500ヘクタール、トウモロコシ1回1000ヘクタール。枝や葉は全部、土に戻す。水は雨だけ。ここでは6カ月間、雨が降って、残りは乾期。この地域ではヘクタール当り50俵が平均だが、35俵取れれば、もう利益がでる。今年はだいたい1俵当り60レアルで、僕らはl00%輸出している。今はもう来年3月の収穫分の先物交渉を商社としている。最低限かかる経費分を先物で売っておくと、来年の生産の見通しが立てられるから」。
 「この広さだと州内では中規模、大規模にはいるの?」と聞くと、「まあせいぜい中じゃないかな。州最大規模の農家は1万8千ヘクタールとかやっている。国全体でみれば、マット・グロッソ州最大のマッジなんて20万へクタールでしょ」という。ブライロ・マッジは農務大臣で「大豆王」と呼ばれている人物だ。
 中村ネルソンさんは「ボクの農場はもっと先だが、土地を買った時はアスファルト舗装がなかったから大変だった。その市では最初の大豆生産者だった。2年前にはパラナ州から日系人がきて、『おお、リベルダーデになったね』と喜んだぐらい日系人が少ない」と笑う。
 「なんといっても開拓1年目が一番大変。最初の半年は家族から離れて、畑にパーリャ(椰子の葉)の家を作って、電気も水道もないところで、ヘージ(ハンモック)で寝て、労働者と一緒に開拓する。耐えきれないぐらい暑い。最初にブルドーザー2台やとって太いチェーンを渡し、100メートル幅で一気に灌木をなぎ倒す。その後、根を一つ一つ抜き、石を全部拾っていく。これを1年以内にやらないと採算が取れない」。
 数百ヘクタールを一年で開拓するのだから、昔のように斧で切っていくわけにはいかない。今の開拓方法はまったく近代的だ。
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 一行はパウマスの手工芸市場で買い物をし、夜は現地レストランで食事をした。同じテーブルに座った一行の馬場和義さん(やすよし、77、佐賀県)は南米産業開発青年隊の5期生だった。
 午前中に訪問した巨大な大豆農場を振り返って「お爺さんが土台を作ったから、今あそこまでできる。最初の世代からの積み重ねで、今がある。彼個人の功績ではなく、『中村家』というひとつながりの成果だと感じた。そこで一貫して大事なのは、やはり精神というか教育だと思う。それが受け継がれることが一番大事。過去と今が切れているのでなく、噛み合っているところが凄いと思った。僕も、僕の代では大したことはできないかもしれないが、いつかそれが発展してほしい」としみじみ語った。(つづく、深沢正雪記者)

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