【これからの九州地区鉄鋼特約店業界】地区流通3団体トップ座談会

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 建設業と名のつくものは全国に数十万社といわれるが、経営規模の小さいものはもちろん、大手建設業者の場合も、スポット的な補足需要は街の鉄鋼特約店からの購入によって賄われている。このため、高度成長期には全国津々浦々に特約店が誕生し、組合の組織化も早かった。九州地区では、1971年の福岡を皮切りに、2年後には北九州、さらに翌年には筑後と佐賀で相次いで発足。九州一円で立ち上がり、急速に存在感を発揮した。ただオイルショックやリーマン・ショックの直撃を受けて、自主廃業や倒産、統廃合の動きが加速。特約店の数は100社を切ってピーク時の半分以下に減少。定期的に活動している組合は福岡、北九州、筑後のみとなっている。3理事長による座談会を開催して「これからの九州地区の鉄鋼特約店業界」をテーマに話し合ってもらった。

――諸課題を聞く前に、業界に入ったきっかけから伺いたい。

竹田「22歳の時(1964年)に、廃棄処分の中古トラックを近所の鉄工所から5万円で手に入れて、金属屑の片付けや配達などを手伝い、メッセンジャー的な仕事を始めたのがはじまり。当時の鉄スクラップ価格は約2万2千円で、運び賃を引いても中味が濃かったですよ。こんな商売があるのかなと思ってね(笑い)」

小野「ウチの場合は、祖父がやっていた会社が『小野建材社』(1949年設立)で、当時は『小野建』(57年商号変更)と略して呼ばれていた。祖父は、長男の長男である孫の私が可愛かったんでしょうね(笑い)。それで、その名前が付けられた。だから、私は生まれながらにして家業を継ぐものとして育てられた。学校の休みの時は会社でアルバイトをして、大学卒業後はすぐに入社した。ある意味では祖父に完全に洗脳されていた」

木村「今の会社は創業64年目ですが、当時32歳だった石橋定継さんと、同級生だった私の父純一、2つ年下だった桑原正信さんの3人で立ち上げたんですよ。私も長男ということで、学校を出て大阪の梅本商行で5年間働きましたが、いずれ帰ってくるということで育てられた。私の子供は男ばかり3人ですが、みんな鉄の商売をしています。長男は当社で働いており、次男は梅本商行、3男は小野建さんに勤務しています」

――皆さん鉄一筋の道を歩まれていますね。まず、特約店業界の現況から伺いたい。

竹田氏「コツコツと前進あるのみ」

竹田「再編・淘汰の流れを受けて、同業者は減っていますが、特約店業界が地盤低下しているとは思わない。我々というよりはグローバル化した経済の中で、鉄鋼業界全体の地盤が低下しているためにそう見える。国内市況が国際マーケット化し、鉄鋼メーカーが握っていた価格交渉力を、今はユーザーが取り仕切っている」

 「その結果として鉄鋼メーカー、商社ともドラスチックな経営統合・再編を余儀なくされている。この大変革期をどう乗り切って、生き残っていくかを模索しているわけです。我々は、コツコツと前進あるのみです」

――特約店の役割については、どう認識していますか。

小野氏「鉄鋼特約店は永遠に不滅」

小野「自分で言うのもなんですが、鉄鋼業界にとってはなくてはならない存在。人間の身体にたとえると血管を担っている。だから、鉄がある限り鉄鋼特約店は永遠に不滅。商社があるから、大手ユーザーへは鉄鋼製品を運べるだろうけど、我々がいなかったら末端ユーザーへは運べない。幸いなことに、日本は多数の中小企業で成り立っているので、我々の役割は大きいと思っています」

――なくてはならない存在だと。

小野「そう。長期的には人口減の時代なので、仕事量が減る可能性が高い。はっきり言って、地域で存在感を出していけない企業は辞めざるを得ないでしょう。しかし一方で、そうした過程を乗り越えることで企業の経営基盤は安定してくる。そして、辛抱して踏ん張って残ったところには残存者利益が待っているはずです」

――鉄鋼特約店の仕事の醍醐味はどの辺りでしょうか。

木村「若い人に 『鉄は国家なり』『鉄は産業のコメ』と言ってもピンとこないかもしれませんが、国を代表する産業であることに変わりなく、ほとんどの建物に使われている。モノ造りの現場ではないが、鉄を扱っていることに誇りを持って仕事をすることで、視野が広がり仕事が楽しくなる。住み心地のいい、人情細やかな空気を持った業界だと思っています」

――昔から「鉄鋼業はいい業界だ」という言葉はよく耳にしますね。

小野「誤解を受けたらいけないけど、これほどやり方によって、確実に利益をとれる業種はない。電気店だったら大変ですよ。まず、第一声が『ヨソより安くしますよ』だからね。それに対して我々の特約店商売で大事なのは『すぐ持っていきます』。だから、大きいところが勝つとは限らないわけです」

 「それに、我々の業界に新規参入するところはない。土地を買って新たな設備が必要だけに、投資効率を考えるとそんな人はたぶんいない。ということは、ライバルは減ることはあっても増えることはない。空中戦の仕事が増えているが、それは商社に任せたらいい。特約店の仕事は、あくまで小口需要の拾い集め。どう工夫して、存在感を示せるかにつきると思っている」

――どの業種にも言えることですが、人手不足も大きな課題になっています。

竹田「少子化の時代ですから、魅力のある業界にしないと若い人が入ってこない。福利厚生を良くしていくことを考えると費用がいるので、それなりに儲けないといけない。安売りばかりしていては会社がもたない。となると、必然的に安売りはできなくなる。儲けないといけないわけです。社長がいくら頑張っても、新しい人がいない会社に将来はない」

――九州で、組合が発足したのは福岡が初めてですね。

竹田「福岡に組合ができたのは、ドルショックのあった1971年です。受注競争が熾烈さを増した時期で、特約店の商権を何とか擁護しなければならぬという機運が盛り上がったわけです。当時は、地下鉄の地元優先受注運動でかなりの成果を上げたと聞いています。その後、北九州、筑後、佐賀なども発足したわけですからさきがけでした」

 「発足時は24社でスタートし、ピーク時は40社近くまで増えたものの、現在は半分以下の17社まで減っています。とはいえ、さらに大きく減るとは思えない。会員各社は創意工夫を図り、持ち味を発揮することで生き残ってきている。ただ、後継者がいないところは厳しい…」

――筑後の活動状況はどうですか。

木村氏「努力の上に花は咲く」

木村「私どもの組合の設立は、福岡が立ち上がって4年後の1975年。発足時は14社で、現在は8社です。福岡や北九州みたいにマーケットが大きくないので、扱い品種は多岐にわたっています。各社とも地元に密着した商品を増やす一方、鋼板類や鋼材の加工に特化するなど、市況にとらわれないでも利益が確保できる体制づくりを進めています」

 「組合の活動としては、オーナー会議を年に一回総会を兼ねて開催しているほか、部長クラスの会合の場を設けています。工場見学や野球大会などを開催することで、親睦の輪を広げている。継続は力なりと言いますか、会員各社に何らかの形で、組合は役立っているのでは。『努力の上に花は咲く』と思っています」

――北九州の組合は、まとまりの良さには定評がありますね。

小野「ありがとうございます。確かに会員の数は減ったけど、和気あいあいとオープンな運営を心掛けている。現在の会員は15社。活動状況は年一回の総会とボーリング大会、新年会など。情報交換の場として、各社の部長クラスによる『形鋼部会』を不定期で開催している。組合組織というものは、平時はあまり感じないが、緊急時には役立つもの。全鉄連にも復帰したし、明るく元気に前向きに活動したい」

竹田「さきほど、福岡の組合数はピーク時の半分以下になったとの話をしたが、触れておきたい話があります。私は9代目の理事長だが、実は2代、3代、4代、5代、6代の理事長会社は全て廃業されている。バリバリと仕事をし、しかも業界発展に尽力された会社ばかりだ。時代の流れとしか言いようがない…。だからこそ、我々は組合の火を大事に守り、次の世代につなげないといけない」

――需要はオリンピックまで大丈夫ですか。

小野「建築に関しては建替え需要がすごくある。東京に行くと、耐震基準を満たしていない建物が多い。福岡の中心部でも、再開発案件が目白押しだ。今はファブが少ないのでキャパが決まっている。どこも受けられない状況だ。一方で、海外からの輸入鉄骨も聞かない。リサイクルできて環境に優しくて、安い鉄に代わるものは今のところ見当たらない」

――倒産は沈静化しています。

竹田「景気の緩やかな回復に加えて、金融機関の柔軟なリスク対応が倒産抑制の要因になっている。今のところ静かです。当面、倒産は低水準で推移する見通しだが、今後は金融機関の統廃合が進んでくると融資スタンスの変化が予想されてくるので、鉄鋼に関わらず、あらゆる業種で倒産が増えてくるはずだ」

――鉄鋼メーカーへの注文は。

竹田「鉄鋼メーカーには、メーカーらしい行動をしてほしい。直接、ユーザーに値段を置いていくようであれば、まず特約店と話をしてほしい。都合が悪くなれば、商社を介するのではなくて、我々に直接言ってほしい。骨折り損にならなくていいように、コミュニケーションを密にしてほしい。我々としては、メーカーが儲からないと恩恵を被らないのは承知している。メーカーさんと同じように、我々にも損益分岐点がある。本音で話ができるディスカッションをやりたい。是非お願いしたい」

――小野さんはどうですか。

小野「最近、特にユーザーに対してメーカーは弱くなったように感じる。たまたま造船メーカーに行った際に垣間見た光景が忘れられない。昔の値上げはほぼ通達だったと思うが、『この価格は難しいですね』というユーザーに対して、間を置くことなく、鉄鋼メーカーの役員が『ではもう一度、出直してきます』だからね。もうちょっと、毅然たる態度で臨んでほしい。メーカーが赤字では流通は黒字にならない。メーカーには儲かってもらわないといけない」

――最後に業界を良くするために必要なことを伺いたい。

小野「各特約店がそれなりに利益を出さないと、業界全体は明るくならない。利益を出すためにどうすればいいかを、本音でディスカッションする必要がある。北九州の場合はザックバランな話をしているが15社なので、問題を掘り下げるためにも、他の組合メンバーと意見交換することは有意義。とりあえずここに集まっている3団体で、九州ブロック的な枠組みで話し合いの場を設けてはどうですかね」

――九州ブロックの話がでましたが。

竹田「そうですね。鉄鋼特約店は、どこも同じような悩みを抱えています。年内に集う場を設けて、コミュニケーションの輪を広げていきましょう。福岡は1つであり、九州は1つですからね」

木村 「筑後の組合は、福岡や北九州の組合に比べて、会員の規模や数は少ないですが、勉強になるので是非参加させてください」