【金属芸術家と匠に聞く】〈金属の魅力と可能性㊤〉《宮田亮平文化庁長官》変化する性質が魅力「鉄は犬、猫は銅」

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 金属を用いた作品を創り続ける芸術家や、匠の技により金属製品を生み出す職人が全国各地で活躍している。このうち日本を代表する3人の方にインタビューし、金属の魅力や可能性をお聞きした。第1回は宮田亮平文化庁長官(前東京藝術大学学長)にご登場願った。(谷山 恵三)

――金属の魅力をどのようにお考えでしょうか。

宮田亮平文化庁長官

 「まず、金属は日常生活に欠かせないものです。すでに紀元前の時代に金属と人間との出会いがあり、それは生きるという喜びの中にありました。例えば食がそうです。しかも金属文化が発達するほど食文化も深いものになっていくという根幹的な結びつきがありました」

 「金属は手強いですが、金属の良さの一つとして変化する性質があげられます。私は『鉄は犬、銅は猫』と言っていますが、鍛金ではまず学生に銅板から教えます。銅は熱間加工しなくて良いし、結構自由に思った形になります。じっくり考えながら、一段ずつ階段を踏み上がっていく感じがあります。ところが、打ったら硬くなるといっても鉄ほどではないし、最後まで銅は銅です。従順なように見えて、なかなか難しい」

 「鉄の場合、加工しやすい状態まで加熱するには時間がかかりますが、打つのはほんの少しです。待つ間に自分を高揚させ、何をすべきかという目標をきちんと立てて、その少しの瞬間に臨みます。一つの失敗で収拾がつかなくなる場合もあります。そういう緊張感を学生に教えることもできます」

――同じ金属といっても、鉄と銅ではそれほど違うのですね。

 「鉄は鉄、銅は銅の性格を知って、お互いの違いを感じ合わないと、良い作品はできません。一番極端なのは鉄です。熱い間に打ち叩いているときこの様な形にしたいと念じながら叩いていると、自分の創造している造形に鉄の方から形になってくれる時があります。作品と自分の一体感が強く感じられて、最後は自分を超えるものになっていく。こういう時こそ本物が生まれるし、長い時を経て生き続ける神髄が残るのだと思います」

 「日本の漆と相性が良いのも鉄の魅力です。湿気の多い地域で鉄の文化がしっかり残っているのは、日本特有の漆文化があったからかもしれません。漆は古来からある焼付漆という技法で密着性を高めてから鉄に塗りませんと、剥落してしまいます。甲冑や刀装具や建築金物などはその技法で造られています」

――金など一部を除けば金属は空気中で錆びます。これも魅力と言えますか。

「群雄」(2014年)

 「例えば、発掘された刀剣で当時の栄華を偲ぶこともできますね。儚さを秘めていて物語性があるのも鉄の魅力です。一方で現代のチタンも面白いですね。特質として、多数の色の変化が表現できます。と同時に、軽さや強度も魅力です。一方、銅にも酸化による色の変化があり、大変興味深いですね」

 「私は銀も好きです。『古美(ふるび)』という言葉や、『燻し銀』という表現もありますね。鉄の黒錆、銅の緑青、アルミの白錆など、金属は自ら皮膚を作ることにより永遠に生き続けようとする。腐食は滅亡ではなく、自らを生かしていこうとする働きなのですね。日本の工芸品には錆びを上手に生かしたものが多々あります」

「錆び」は自らを生かそうとする働き/担い手が稼げる文化へ

――漆のお話もありましたが、日本古来の金属文化にはどんなものがあるのでしょう。

 「1990年にドイツのハンブルクにある美術工芸博物館に1年間研究員として滞在していた時のことです。その博物館の倉庫には、室町から明治にかけての銅や鉄を使った日本の美術品が多数保管されていましたが、彼らは補修に苦労していました。象嵌(ぞうがん)された刀の鍔を、化学薬品等で処理したのか、金が浮いてしまったりして、怖くてそれ以上補修できないと言っていました。そこで、私が大学で教えている技法を伝えました。藁を焼いて、灰汁を掬いながら水でよくかき混ぜて、しばらく置いてから上澄みを取って鍔を煮ると、きれいに不純物が落ちる。そこに新たに錆を付けて、菜種油で焼き付けて米ぬかで拭き取る。そうすると、ビロードのように美しい仕上がりになり、金も見事な色になります。そのような日本古来から伝わる工法を伝えると、とても喜ばれました。私にとっては日常のことだと思っていた日本の良さを改めて見直す貴重な経験になりました」

――これからの日本文化のあり方について、長官としてのお考えもお聞かせください。

 「最後の技術者だけではなくて、前にいる技術者、例えば木を植える人、木から漆液をかぎ取る人、漆液を採る道具(鉋)を作る人、そうした多くの人たちが生活できる、また面白い仕事だと言える環境を作ることが必要です。稼げる文化、生きた文化を作らなければいけないと考えています」

「シュプリンゲン」(2006年、撮影・丸子成明氏)

 「一例ですが、私はやりませんが、ゴルフのクラブでも、腕が良くなると、クラブもより良いものが欲しくなるそうですが、自分に投資することも大事ですね。自分の心と腕が上がって行けば、より良い道具を欲するようになりますし、良い道具を揃えようとすれば、道具を作る人もより良いものを作ろうとします。そうした好循環を生む環境を作って行きたいと取り組んでいます」

 「異なる素材同士の融合もこれから必要でしょう。『工芸』と英語の『クラフト』では感覚が全然違うので、『KOGEI』という言葉で世界に発信していきたいと考えています。金属も他素材が融合することで、より面白いものができるはずです」

――これからを担っていく若い人達へのメッセージもお聞かせください。

 「以前、野村四郎先生(観世流シテ方能楽師)と学生たちと一杯やった時に、世阿弥が九位修道の次第を述べた中に、『銀椀裏に雪を積む』という言葉があると教えて頂きました。金工家の修行の厳しさを説く言葉として差し向けてくださったものと感じております」

 「私は物語性のある『絵』を作る人生を送りたいと思っていますし、物語性を作るのに必要なものが私にとって金属であり、だからこそ金属を一生捨てません。金属と仲良くなりたいし、常に座右に置いておきたいと思い続けています」

 「東京藝大を出ても、すぐに芸術で生活できる人はそれほどいません。違うこともやりながら、志を捨てずに持ち続け、自分に投資をする。そうするうちに良い作品が生み出され、生活ができるようになり、恋もして、家族も養えるというようになって欲しい。私の座右の銘は『鼻歌交じりの命がけ』であり、普段はへらへらしているように見えても、実際は命がけです。私にとって金属がそうであるように、皆さんにも捨てることのない背骨を持っていて頂きたいと願っています」