【東北地区鉄鋼業の現状と展望】〈これからの東北と鉄鋼業〉《鉄鋼連盟東北地区運営委員会・天谷武委員長=新日鉄住金東北支店長》防災・省力化ニーズに対応

 東北地区の鉄鋼需要は2011年3月に発生した東日本大震災に伴う復旧・復興を背景に、この数年は高水準で推移した。大震災の前後5年について普通鋼鋼材受注をはじめ主な経済統計数値で比較すると、リーマンショック時の落ち込みと震災後の急激な上昇・回復が見て取れる(表参照)。今後の需要動向をめぐっては復興事業の収束や首都圏建築需要の影響、また人手不足や人口減少の問題も絡み不透明感が漂う。一方で、大震災を契機に生まれた鉄鋼業に対する新たな市場ニーズ、国際プロジェクトの誘致実現によって経済活性化、地域創生のシナリオも描かれつつある。創刊70周年東北地区特集では、日本鉄鋼連盟東北地区運営委員会の天谷武委員長のインタビュー、誘致実現が期待される国際リニアコライダー(ILC)計画の現状報告を通じ、東北鉄鋼業の展望を探ってみたい。(小室 慎)

――今後の東北経済や社会の中で鉄鋼業に対するニーズを伺いたい。

鉄鋼連盟東北地区運営委員会・天谷武委員長

 「大きな転換期といっていい東日本大震災とその後の復旧・復興過程を経て、今後の東北経済や社会に対し鉄鋼業が応えなければならないニーズは少なくとも2つあると考える。一つは『防災減災ニーズ』、もう一つは『省力化ニーズ』。この2つのニーズへの対応を具体化し、より定量的に示すことが鉄鋼連盟として大事だろう。まず『防災減災ニーズ』は〝コンパクトな街づくり〟と〝国土強靭化〟への対応。強靭化は水防災対策をはじめとする河川の強靭化と農業水利の補強更新が急務だ。加えて物流網の整備として道路、港湾、橋梁など老朽化する社会インフラの維持管理・更新という需要が出てくる。二つ目の『省力化ニーズ』は、少子高齢化を背景に建設労働者不足に伴って生じる現場施工能力の低下への対応だ。東北地区の人手不足は全国に先行する人口減少の中で、東京五輪や再開発など首都圏案件の盛り上がりと相まって今後2、3年で加速する。それに対し、鉄鋼業はどう向き合うかというニーズが増してくる」

――ニーズに対するアプローチは何ですか。

 「一つは新しい土木工法。狭い場所や低騒音が求められる場所、軟弱地盤といった難しい現場・施工環境でも耐えられ、粛々と工事を推進できる新しい工法の提案だろう。もう一つは建築構造物の鋼構造化。短工期、現場施工省力化などの利点を生かし、都市再生の拠点となる建築物の鋼構造化を、引き続き全構協と連携して各県での普及活動に注力したい」

 「メンテナンスフリーの要請に応える耐食性に富んだ鋼材の適応拡大、劣化診断技術の提供も重要な取り組みだ。社会インフラの維持修繕にかけられる人手やコストは今後ますます限られ、構造体としての長寿命化、ライフサイクルコストミニマム化ニーズへの対応をPRしなければならない。防災減災の視点でも、橋梁上部工など構造物の軽量化が求められ、施工工期・コストの面でも鉄化が進む余地がある。鋼構造化をベースに長寿命で低コスト、安全な構造体にインフラを作り替えていく流れができていくだろう」

――新たな鉄鋼需要が期待できる産業の成長、集積については。

 「LNG、石炭火力、風力、バイオマスといった低炭素社会の実現に向けたエネルギー開発は今後、東北エリアの特徴となるだろう。水素自動車の実用化もこれに対応しており、水素ステーション関連の需要は確実に出てくるので長い目で期待したい。期待という面でいえば、自動車の自動運転機能の普及・拡大と東北の道路網整備が結びつくことで東北の物流環境が向上し、新たな産業集積につながる芽も出てくるのではないか」

――ILC誘致も注目されている。

 「ILCの東北誘致が決まれば東北、日本に及ぼす効果や影響は図り知れない。大型実験施設建設に係る投資規模、人口集積、研究成果の各産業への波及効果等々からすれば、日本に産業革命的なインパクトを与えるプロジェクトだろう。鉄鋼需要も相当規模で見込まれる。産業界全体が注視しているだけに、これから山場を迎える誘致活動の中では、計り知れないながらも、経済的なメリットを見える化する必要がある。先進的な建設土木技術の導入はもとより、利用者側の視点に立ち、先端医療、医薬品開発、自動車、家電分野の革新や、新たな産業創出の可能性に関して具体的に発信していただく時期に来ていると思う」

――最後に、当紙の今後の役割や期待を。

 「鉄鋼需給を語るだけでなく、鉄需をいかに生み出していくかに一層力点を置いて情報発信していただきたい。例えば鉄の用途開拓を助けるものとして、設計コンサルタントや異業種のインフルエンサーに取材するのもよいと思う。100周年に向け、鉄でしか描けない夢を広く伝えていってください」

熱帯びるILCの東北誘致/経済活性化、鉄鋼需要を喚起・素技術で福島再生に寄与

 今後の東北経済の活性化に大きな効果が期待され、鉄鋼需要の喚起にもつながる国際リニアコライダー(ILC)誘致が熱を帯びてきた。16年12月に開催された国際学会「リニアコライダー・ワークショップ」(LCWS)において、研究者間で初期投資を抑えて段階的にILCを整備することが大筋合意され、大きな課題だったコストダウンの可能性が高まり、実現に向け局面が大きく変わった。

産学連携で誘致を目指す(下は今年度の協議会総会)

 ILC計画は米の国際宇宙ステーション、欧州の国際熱核融合実験炉に次ぐ3つ目の国際共同科学プロジェクト。宇宙誕生の謎を解明するため世界に1カ所建設する素粒子物理学の実験装置で、地下100メートルの直線型トンネルの中に数十キロメートルの直線型巨大加速器を建設。両端から電子と陽電子を発射、衝突させ宇宙の始まりを再現するもので、世界の研究者の間では岩手県北上山地南部を建設候補地としている。

 産学官で構成する誘致母体の東北ILC推進協議会は昨年6月、内部に準備室を新設。現在、2つの専門部会を中心に建設コストの削減、マスタープランの検討に着手している。LCWSで大筋合意したコストダウン方策は、16年5月に日米政府間で設置したILCについて議論する〝US-JAPAN〟で検討されたもの。第1段階の加速器建設延長を当初計画の30キロメートルから20キロメートルとし、その後必要性と資金に合わせて段階的に30キロメートルから50キロメートル規模へと拡張する。

ILCの完成予想図

 ILCの効果はその建設・製造にかかわる直接的な効果にとどまらない。運用段階で得た研究成果を生かした医療・素材・環境・情報通信など各産業のイノベーション、加速器関連産業の集積、研究者・技術者の居住による都市開発や社会インフラ整備なども見込まれる。また、東北・福島の原発事故からの早期復興に寄与する要素技術として、有害度の高い放射性物質の半減期を短縮する核変換技術(ADS)への応用も期待される。その意味では東北が世界でもっともILC適地といえよう。

 推進協議会は今年度、2018年度概算要求にILC建設関連予算を盛り込むよう文部科学省に要望するなど、日本の誘致表明に向け政府をはじめ超党派議連、有識者会議などへの働きかけを強化する方針だ。

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