写真で見る 非鉄金属業の70年(2000年代~2010年代)国際競争力強化へ合従連衡進む(3)

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 2000~10年代にかけて非鉄金属業界では銅製錬やアルミ圧延、電線など幅広い業種でアライアンスの動きが加速した。経営統合や事業提携でシナジーを創出。さらなる成長に向けた国際競争力の強化や、国内需要の成熟化に対応した事業効率の改善が進んだ。またリーマンショック後の不況による世界的な需要減退や、東日本大震災での被害など困難もあったが各社とも力を尽くして乗り越えた。合従連衡や苦難の克服を経て、日本の非鉄金属産業は今後も発展に向けた歩みを進める。

パンパシフィック・カッパーが誕生、世界トップクラスの銅生産者連合体/2000年

 1999年日韓共同銅製錬会社「LGニッコー・カッパー(現LSニッコー・カッパー)」が誕生。日本からは日鉱金属(現JX金属)のほか三井金属、丸紅も資本参加した。これを機に日鉱金属と三井金属は銅製錬事業での提携を推進し、2000年にパンパシフィック・カッパーを設立。当初は共同販売会社でスタートしたがその後原料鉱石の共同調達にも提携範囲を広げ、06年に両社の製錬機能も統合。これにより鉱山経営から製錬、製品販売まで一貫した事業を世界展開できる体制が整うとともに、世界トップクラスの銅生産者連合体となった。

高圧電力ケーブルで提携相次ぐ、電線大手が事業合弁/2001年~

 高圧電力ケーブルでは国内需要が成熟化する中、2000年代前半に事業再編が活発化。高圧ケーブルを製造していた電線大手6社は本体から電力ケーブル事業を分離し、3社に再編した。

 01年には住友電工と日立電線(現日立金属)のアライアンスでジェイ・パワーシステムズが、古河電工とフジクラが合弁するビスキャスが相次ぎ発足。02年には昭和電線電纜(現昭和電線ホールディングス)と三菱電線工業が共同出資するエクシムが営業を開始した。現在は各社とも高圧電力ケーブルでの事業提携を解消している。

古河電工、米社の光ファイバ事業2800億円で買収/2001年

 古河電工は2001年に米ルーセントテクノロジーズ社の光ファイバ事業を約23億㌦(当時のレートで約2800億円)で買収した。光ファイバ需要が世界的に拡大する中で、グローバルメーカーに成長するため超大型買収を決断。古河電工は世界トップグループの一員となった。

 その後ITバブル崩壊など市場環境の変化もあったが、現在は米国などでの需要増を受け光関連のマーケットは活況。買収した事業は米子会社のOFSとしていま、グループ全体の収益を支える存在となっている。

伸銅業界で大型再編。銅管や黄銅棒、銅条などで/2000年代前半~

 2000年代に入り伸銅メーカーの統合再編が進んだ。04年には内需が縮小する中、国内事業効率化や海外事業の強化に向け神戸製鋼所と三菱マテリアルが銅管事業を統合。コベルコマテリアル銅管が発足した。さらに黄銅棒では07年に最大手のサンエツ金属が新日東金属の事業を譲受している。

 銅板条では08年に三菱マテリアルがグループ会社の三菱伸銅と三宝伸銅工業を1社に統合。市場は好調だったが、さらなる成長に向け事業基盤を強化するために実施した。

豊羽鉱山が休山、国内最後の亜鉛・鉛鉱山/2006年

 2006年3月末、日本を代表する亜鉛・鉛鉱山の一つであった豊羽鉱山(北海道)が操業を休止した。同鉱山は1914年に久原鉱業(現JX金属)が創業。約100年間にわたり亜鉛、鉛のほか銅、銀、インジウムなどを供給してきたが、採掘可能な鉱石が枯渇したことから操業休止を決めた。

 01年に神岡鉱山(岐阜県)が鉱量枯渇と品位低下を理由に亜鉛・鉛鉱石の採掘を中止したことにより、国内最後の亜鉛・鉛鉱山となっていた。豊羽鉱山の休山により国内で操業する金属鉱山は菱刈金鉱山(鹿児島県)のみとなった。

レアメタル・レアアース、中国の寡占化で価格高騰/2000年代中盤

 自動車やIT製品の製造に欠かせないレアメタル、レアアース(希土類)鉱山は少数の資源国に集中しているが、2000年代に入り中国の寡占化による供給ひっ迫懸念が表面化。価格高騰を招いた。

 特にネオジムなどのレアアースは9割超を中国に依存。日本企業は脱レアアース、脱中国依存に向けて対応を迫られた。13年には、中国の輸出規制について米国や欧州、日本がWTOに提訴した結果、大筋で日米欧の主張が認められるかたちとなった。

〝車部材のアルミ化〟が本格化/2010年代

 世界的な燃費規制の高まりに対して〝自動車の軽量化〟ニーズが本格化したのが2010年代。フォードの人気ピックアップトラック「F150」がオールアルミ化されたことを受け、国内のアルミ圧延大手も新工場建設や設備増強に舵を切った。

 UACJは米国でアルミパネル最終仕上げの合弁工場を建設したほか、構造部材大手を買収。神戸製鋼所も韓国の圧延工場に出資したほか、中国ではアルミパネルの最終仕上げ工場が稼働。また、米国でのバンパー工場建設に加えて日米中でサスペンション用アルミ鍛造部品を生産できる体制を整えている。

チタン展伸材メーカー、航空機市場開拓に本腰/2010年代

 2010年代に入り国内チタン展伸材メーカーが航空機分野の市場開拓に本腰を入れ始めた。神戸製鋼所は11年に日立金属などと共同で航空機用チタン合金の大型鍛造品を生産する日本エアロフォージを設立。新日鉄住金は東邦チタニウムと連携し、13年に航空機用チタン合金インゴットを製造する日鉄住金直江津チタンを立ち上げた。

 航空機産業は歴史的に欧米を中心に発達し、その素材供給も欧米勢が大きな役割を果たしてきた。日本勢には開拓の余地が残されている。

東日本大震災が製錬所に打撃、供給に深刻な影響/2011年

 2011年3月の東日本大震災は東北・北関東の銅製錬所、亜鉛製錬所に深刻な被害を与えた。震災直後は年産能力換算で亜鉛が約70%、銅が約27%に相当する生産が一時的に停止した。

 亜鉛で最も被害が大きかった三井金属子会社の八戸製錬では1㍍を超える津波と地震で電気関連設備や精留塔などが破損したが、グループをあげた復旧作業で同年6月に操業を再開。銅でも三菱マテリアル子会社の小名浜製錬が生産設備に甚大な被害を受けたが、約半年で完全復旧を果たした。

LME、香港取引所の傘下に中国市場が焦点/2012年

 ロンドン金属取引所(LME)の歴史は1877年に始まり、銅・鉛・亜鉛・ニッケル・錫・アルミニウムといった非鉄金属の世界的な価格形成権を持つ。2012年、香港取引所(HKEx)に13億8800万ポンド(当時のレートで約1700億円)で売却された。取引所の買収としては過去最大規模となる。

 HKExの傘下に入るのは国際競争力の強化が狙い。世界の非鉄金属需要のおよそ4割を占める中国マーケットの取り込みに向けた決断とされる。

日立金属と日立電線が合併、事業領域拡大で成長/2013年

 日立金属と日立電線が2013年7月に合併した。56年に日立製作所から分離独立した両社の経営統合は、市場・顧客基盤の強化や事業効率の向上などが狙い。重複製品群が少ない中での合併で、事業領域の拡大などによる成長を追求した。

 日立電線の事業は日立金属の電線材料カンパニーに移行。現在は特殊鋼や磁性材料など他カンパニーの事業とのシナジーによる新たな事業価値の創出が進んでいる。

日本発のアルミ圧延メジャー「UACJ」誕生/2013年

 国内アルミ板製造首位の古河スカイと2位の住友軽金属工業による、強者同士の合併が2012年に決まった。国内出荷量の約4割を占め、世界で見ても米アルコア(現アーコニック)、米ノベリスに次ぐ日本発のグローバルメジャーの誕生に業界が沸いた。

 13年10月に統合会社のUACJが誕生。国内の生産体制効率化を進めて基盤を強化する一方で、タイ圧延工場や北米ローガン工場の増強投資、自動車パネル合弁工場の建設など矢継ぎ早の積極投資を実施。海外展開の強化を推進している。

日本軽金属がアルミ製錬から撤退/2014年

 1970年代のオイルショック以降もアルミ製錬事業を継続していた日本軽金属は2014年3月をもって製錬から撤退した。

 ボーキサイトからアルミナを精製し、さらに電気分解を経てアルミ地金が造られる。1940年代に始まった国内のアルミ製錬事業は最盛期には6社が参入していたが、70年代に起きた2度のオイルショックで電力価格が急騰。自前の水力発電設備を持つ日軽金・蒲原製造所を除き80年代までに全社が撤退した。日軽金の撤退により国内アルミ製錬業は74年の歴史に幕を閉じた。

日本企業出資のチリ大型銅鉱山、相次いで出鉱/2014年

 2000年代に入ると中国をはじめとする新興国で資源需要が急速に拡大。国内製錬企業では鉱石供給の不確実性の高まりや買鉱条件の悪化が課題となり、海外鉱山の自主開発に乗り出すこととなる。その成果として14年にはチリで日本企業出資の大型銅鉱山が相次ぎ銅精鉱の生産を開始した。

 カセロネス銅鉱山はチリ初の100%日本資本(PPC、三井物産)による大型銅開発案件。日本が輸入する銅精鉱の約1割相当を供給できる。住友金属鉱山、住友商事が参画するシエラゴルダ銅鉱山も日本に対する中長期的な銅の安定供給への貢献が期待されている。