【世界から】出産時のスマホ撮影が増加

病院スタッフ困惑、スイス

画像シモビッチ医院画像チューリヒ郊外の病院にある、水中出産もできる浴槽付き分娩室画像出産準備コースに参加する新米パパたち。人形を使って赤ちゃんのケアの仕方を体験

 スイス・チューリヒの自宅で先日、朝刊をめくったら、「分娩室内での携帯電話妄想」という見出しのちょっと驚く記事があった(6月1日付の一般紙ターゲスアンツァイガー)。「妄想」というのは、いつでもどこでも携帯電話を使っていいと思い込んでいる人たちの様子を指している。チューリヒ地域で、赤ちゃんが生まれた瞬間をスマートフォンで撮影したり、ビデオに撮ったりする父親が目に見えて増えてきているというリポートだった。

 ▽スマホ片手に授乳

 記事によると、こういう父親は、あちこちの病院の産科で見られるそうだ。スイスでは、立ち会い出産はごく普通のことだ。父親たちは今、わが子が生まれるというときに、妻のすぐそばでスマホを手に待ち構えて、スマホのモニターを通して外界に出てきた子どもを初めて見る。撮った写真やビデオは自分や妻のための記録でもあるが、親戚たちに「生まれたよ」とすぐさま報告するためでもある。

 分娩室でスマホを使うのは父親だけではない。産後15分ほどで、自分のスマホに手を伸ばすつわものの母親たちも少なくないそうだ。私自身の10数年前の経験を振り返れば、出産直後は疲労困憊して何もする気にならなかったものだが。

 また、病室で、スマホを片手に授乳する母親の姿も多い、という助産師の言葉が載っていた。スイスでも若い世代にとってスマホは必需品で、「何が悪いの?」という感覚で、特に異常な行動だという自覚はない。

 だが、医師や助産師たちは、親たちに、生まれたばかりの赤ちゃんと心を通わせることをもっと大切にしてほしいと願っている。

 ▽注意のパンフ配布

 こんな状況に、数年前、ある病院がスマホ禁止令を出した。でも、従ってくれない人が多く、困り果てた末、今度は注意を促すパンフレットを発行した。

 「出産前から、食事中や散歩中など、少しずつスマホを使わない時間を作るよう心掛けましょう」

 「赤ちゃんのお世話、特に授乳や離乳食、おむつ交換、着替えなどの間は集中しましょう」

 「ベビーカーで移動の時は、スマホを使わず、赤ちゃんの目を見たり、話し掛けたりしましょう」

 ―といった具合だ。

 このパンフレットは好評で、国内だけでなく、ドイツなどほかの国からの関心も得て、増刷したそうだ。改訂版には、有名な専門家たちがコメントしている。

 チューリヒ市郊外で開業している産科婦人科医ミヤコ・シモビッチ氏に、意見を求めてみた。

 「生まれたときの様子は私たちの記憶にしっかりと刻まれます。直接目で見るのと、画像で見るのとでは印象が違うと思いますし、一刻も早く親戚に知らせる必要もないでしょう。個人的には、この傾向を異様に感じますね。それに、あまり身構えるのでなく、できるだけ自然な状況の中で出産するのがよいと思います」

 ▽電磁波の影響は?

 病院側の気掛かりは、心の通い合いという心理的な面だけではない。スマホの電磁波が、赤ちゃんの脳に良くない影響を与える可能性を懸念する声もある。

 記事は、「大人よりも小さい赤ちゃんの脳は、電磁波の影響を強く受ける可能性がある」という疫学教授のコメントを紹介している。

 先のシモビッチ医師にこの点を聞いてみると、「もちろん、電磁波の量と受ける時間によりますが、分娩室に限って言えば、スマホによる害があるとはっきりとは言えないと思います。例えば家で電話をしてもテレビを見ても電磁波は流れています。スマホの電磁波だけを取り上げるのはどうでしょうか」とのことだ。

 「恐らく、病院スタッフたちの間で大きな問題になっているのは、父親がスマホを構えていると、出産に集中できないということだと思います。私自身経験は少ないですが、分娩室にスマホを持ち込まれると本当に気が散ります」

 ▽出産は一大イベント

 シモビッチ医師は言う。「今は、産む人たちにとって出産自体がイベントになっていますね。昔も、ビデオカメラを持ち込んで出産の一部始終を録画する人たちは時々いました。でも、自分たちのためだけのようでした。最近は、何でも画像や映像にして、ほかの人たちに見せることを躊躇しない人たちが増えて、出産の様子でさえ、親戚じゅうに見せる人がいるのかもしれません」

 今後、果たしてパンフレットの効果があるか、それとも、スマホ禁止にする病院が増えるのだろうか。(チューリヒ在住ジャーナリスト、岩澤里美=共同通信特約)

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