文化財保護か景観か 滋賀・繖山、消防道整備で山肌露出

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繖山の麓から桑実寺の本堂近くまで整備が進む消防用道路(近江八幡市安土町)

 滋賀県近江八幡市安土町の繖山(きぬがさやま)(標高433メートル)西側斜面で消防用道路の整備が進み、山肌が露出している。1340年の歴史を誇り、中腹に位置する桑実寺(くわのみでら)の事業で、同寺や補助金を出している市は「重要文化財の本堂を火災から守るため」とする。一方、「景観が台無し」と反発する住民もいる。文化財保護と景観を両立させる難しさが浮き彫りとなっている。

 桑実寺は678年、天智天皇の勅願寺院として創建されたと伝わる。室町時代には12代将軍足利義晴が3年間、仮幕府を置いた。境内の大半は国の史跡・観音寺城跡に含まれる。山裾から険しい石段を400メートル上った先に、室町時代前期建立の入母屋造りの本堂がある。同じ繖山にある国の史跡・瓢箪山古墳をはじめ、北西に安土山、麓に安土城考古博物館が並び、休日は歴史ファンでにぎわう。

 消防用道路の整備は2015年度、文化庁から史跡の現状変更許可を受けて始まった。地権者の下豊浦森林組合の協力も得て、麓から本堂付近まで幅4メートル、総延長1キロほどの道を通す計画で、来年3月の完成を見込む。総工費は3億~4億円で、うち約9割を国や県、市が補助している。

 この整備計画は、01年5月の繖山での山火事後に本格化した。同火災では消防隊員が麓からホースを担いで消火に当たり、自衛隊のヘリも空中から放水を繰り返したが、5日間にわたり約57ヘクタールが焼けた。炎は本堂から約100メートルの距離にまで迫ったという。

 桑実寺は現在、境内に防火水槽(75トン)と放水銃を設けているが、放水開始後15分で水槽の水は尽きる。麓から本堂までは徒歩で約15分。北川喜雄住職(54)は「代々守ってきた文化財を今後も守るため、まずは消防車が通れる道が欠かせない」と意義を説く。

 同寺はこれまで、地元の桑実寺地区と宮津地区の2カ所で説明会を開いた。しかし、工事の必要性が住民に十分には浸透しておらず、市文化観光課の坂田孝彦課長補佐は「最近は市役所に苦情の電話はないが、山肌が現れた伐採当初は工事の概要を尋ねる声や景観を損なうとの批判が多かった」と振り返る。

 退職して5年前に同町下豊浦に戻った辻善則さん(72)は「住民への説明がなく、いきさつも不明瞭。環境破壊だ」と憤る。18歳まで安土で過ごし、「繖山と安土山が左右にあって緑のじゅうたんが広がる風景は、僕のふるさとの原風景。何百年もかけてできた自然なのに所有者なら何をしても良いのか。(山肌が露出した)見苦しい姿は、緑に価値を置く人間には耐えられない」と嘆く。

 桑実寺は今後、アスファルト舗装し、植栽を施す予定だ。数十年後にはむき出しの路面が山里から見えにくくなるといい、北川住職は「寺の事業で、国の許可も受けていることを理解していただくしかない」と感じている。

 繖山で古道「影清道」の修復に携わる中井均滋賀県立大教授は「重文は国民の共有財産で、本堂を火災から守る道路が必要なのは間違いない。ただ、文化財に価値を置く人もいれば、景観を重視する人もいる。市は住民への周知を寺任せにせず、行政サービスとして広報誌などで紹介し、文化財と市民との距離を縮めるべきだったのではないか」と指摘する。その上で、寺に対して「元の景観に近い形に戻すという気持ちが大切」と呼び掛ける。

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