38歳女性の孤独――亡き母の言葉がトラウマに

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母にひどい言葉をぶつけられ続けた、娘の思い。あげく母は行方不明になり、見知らぬ土地で亡くなっていた。トラウマから脱却できない彼女が、今思うこととは――?

親からの言葉がトラウマになっている子どもは少なくない。親は無造作に言葉を投げつけることがあるからだ。だが、大人になってそれを指摘しても、親はたいていの場合、覚えていない。

通常は成長するにつれ、親と言い争いをしたり、反抗したりして、そういう傷を癒やしていくのかもしれない。あるいは、自分が大人になることで、「うっかり投げつけてしまった言葉に、たいした意味はない」と悟ることもあるだろう。

しかし、サトコさん(38歳)の場合は、そのトラウマを癒す術がない。母が亡くなっているからだ。そして、母親にすり込まれた言葉は、いまも彼女の心に暗い影を落としている。

「おまえはバカだ」と言われ続ける、言葉の暴力

――サトコさんのお母さんって、どういう人だったんですか?

サトコ:ものすごく気分にムラのある人でしたね。落ち込んでいると、部屋に閉じこもって朝食も作ってくれないんですよ。

――そういうときはどうするんですか?

サトコ:父が朝食を作ってくれていました。ただ、父は会社員でしたから、そう早くは帰宅できない。父が置いていってくれたお金でパンを買って、弟とふたりで夕食代わりに食べたり。

――お母さんは気分がいいと料理を作ってくれたりした?

サトコ:ええ。やたらと凝った料理で、子ども向けではなかったけど。ただ、気分がいいときは妙に高揚しているのか、私たちにもいろいろなことを言うんです。それがほとんど悪口。私には「おまえはバカなんだから」っていつも言ってた。物心ついたときから言われているからすり込まれていますね。

――どうしてそういうことを言うのかしら。

サトコ:子どもを傷つけて何が楽しかったんだろうって、今になると私も思います。「おまえはバカなんだから」は定番で、あとは「おまえみたいなブスは、誰とも結婚できない」「どうしておまえみたいな子を産んでしまったんだろう」とも言っていましたね。

――ひどいですね。

サトコ:父が気を遣って、「お母さんは病気だからああいうことを言うんだよ」と陰でフォローしてくれたけど、子どもにとっては、きついですよね。

――弟さんもひどいことを言われ続けていたんですか?

サトコ:気分がいいときは、弟のことはかわいがってましたね。それだけに、どうして私ばかりにきついことを言うのか、小学生のころは不思議に思っていました。

中学のときは母親から逃げていた……家庭内の状況

――お母さんに言い返したり、泣いたりしました?

サトコ:小さいときは泣いてばかりいたけど、泣くとますます言われるんですよ。「泣けばすむと思ってるの? だからあんたはバカなのよ」って。中学ではバレーボール部に入ったんです。バレーが楽しくて、学校にいる時間が長くなり、母との接触は減りました。母から逃げていたんだと思う。

――家庭内はどんな感じ? 殺伐としてました?

サトコ:トータルすると、1年のうち3ヶ月くらいは母が引きこもりになるんですよ。その間は家の中は静かですね。母自身も部屋でしかものを食べないし、私たちともほとんど話さない。気分がよくなっても、買い物には行くけど掃除はしない、料理はしても片づけはしないというときもある。わからないんですよ。父もなぜそのままにしていたのか。ただ、一般的な家庭の団らんみたいなものは、うちにはなかった。

――つらかったですか?

サトコ:当時は自分の家しか知りませんからね。ただ、一度、友だちの家で夕飯をごちそうになったことがあるんです。両親と友だちと、そのきょうだい、一家5人で食卓を囲んで鍋物をわいわい言いながら食べて。お母さんがにこにこしながら、子どもたちの話を聞いてた。お父さんは冗談ばかり言ってて。ああ、こういう雰囲気って実在するんだと不思議な感覚でした。テレビでしか見たことなかったから。羨ましいというより、場違いな感じがして、早くひとりになりたかった。

――お母さんはその後、どうなったんですか?

サトコ:私が中学2年のとき、ある日突然、行方不明になったんです。捜索願いも出したけど見つからなかった。そして2年後、亡くなったというしらせが来ました。遠く北陸のほうで死んだようです。父が出かけていって確認し、お骨になって帰ってきました。そのあと、私が高校を卒業すると同時に、父が再婚したんです。家に居づらくなって家出して、水商売で働きました。お金をためて22歳のとき、大学に入ったんです。

亡くなった母からのすり込みが心を蝕む

――がんばりましたね。

サトコ:それでもいまだに、つい「私はバカだから」と自分で言ってしまう。友だちに悪いクセだと指摘されたけど、すり込まれているから、自分で自分をバカだと思い込んでるんですよね。

――ちゃんと卒業して、今は立派に仕事をされてるじゃないですか。

サトコ:今になると思うんですよ、どうして母はあんなに私に汚い言葉を投げ続けたんだろうって。「おまえはイヤらしい顔をしている。おまえみたいな女は誰にも愛されない」って。それが根底にあって、好きな人ができてつきあい始めても、うまくいかないことが多いんですよね。

――つらいですね。

サトコ:カウンセリングにもかかって、私が悪いわけじゃないということは理解しているんです。だけど心の奥に巣くったトラウマを消すことはできない。

「一度、ビンタしてやりたい」、複雑な気持ち

――お母さんが亡くなってるから、よけい気持ちが晴れませんよね。

サトコ:ええ、今ならいろいろ言い返してやりたいけど、それができない。だから自分だけで気持ちを消化していくしかないんですよね。

――今、お母さんがもしいたら、なんて言ってやりたいですか?

サトコ:「あんたほど気持ちの汚れた女はいない」って言ってやりたい。私が言われたことを全部返してやりたい。ふざけるなってビンタのひとつもしてやりたい。だけど、死んだ人には何もできない、何も言えない。(サトコさんは、そう言って涙ぐんだ)

――いろんな感情があるんでしょうね。

サトコ:なんだかんだ言っても、母親ですからね。当時、母がどういう気持ちでいたのか、家族に対してどういう思いをもっていたのか。本当はそのあたりを知りたいんです。私がお腹に宿ったとき、どう思ったのか。うれしかったのか、鬱陶しかったのか。

――お父さんは何かおっしゃってます?

サトコ:父は一生懸命、「おまえが生まれたとき、お父さんもお母さんも喜んだんだよ」と言ってくれたけど、それが本当かどうかはわからないし……。父が再婚してからは疎遠になってますし、今さら何も聞けない。ただ、表面上は人ともうまくやっていますから、私がこんなトラウマを抱えているとは、誰も気づいていないと思う。恋愛相手にも話したことはありません。だから恋愛が途中で行き詰まってしまうのかもしれませんが。

――何もかも話せる人が出てくるといいですね。

サトコ:相手が受け止めきれるかどうか。相手に私の人生を背負わせるのも、なんだか申し訳ない気がする。きっと一生、ひとりで生きていくんじゃないかな。

そう言って、サトコさんは少しだけ笑みを浮かべた。

彼女に心の傷だけ負わせて、母親はこの世から消えてしまった。亡くなった人とは話ができない、怒りをぶつけることもできない。サトコさんは、今も傷つけられた自分と闘っている。

(文:亀山 早苗)

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