最後まで貫いた鈴木啓太らしさ 主役ながら周囲を輝かせた“浦和の男”の真骨頂

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 2015年シーズンで現役を引退していた“浦和レッズの”鈴木啓太の引退試合が開催された。鈴木にとっては、観衆の前でプレーをする最後の機会であり、完全なる主役のはずだった。しかし、最後の最後まで、鈴木らしく周囲を輝かせる姿が印象的だった。

 
 前半、鈴木はアテネ五輪を目指したU-22日本代表や、2006年から07年までのイビチャ・オシム監督が率いた日本代表の選手たちが中心になった「BLUE FRIENDS」の中でプレーした。浦和側の「REDS LEGENDS」は現役をすでに退いている選手がほとんどだったこともあり、青のユニホームがボールを持って攻撃を仕掛けた。その中で、鈴木は楽しそうにゴール前へと次々に飛び出した。
 
 GKと1対1になった場面で枠を外したり、ボレーシュートをはるかゴール裏まで打ち込む宇宙開発だったりと、浦和サポーターから“お約束”のブーイングを受ける場面こそあったが、中村俊輔の絶妙なパスから2点を決めた。試合後に「僕に点を取らせてくれるために、多くの忖度と言うんですか(笑)、それがあったように感じましたけど」と冗談交じりに話したが「個人的に1試合で2ゴール取ることはなかったので、非常に嬉しいですね」と喜んでいた。
 
 前半に鈴木が放ったシュートは10本。周りが主役である鈴木のためにお膳立てをする、引退試合らしい光景がそこにあった。
 
 だが後半は、ある意味でサッカーファンのよく知る鈴木の姿があった。浦和側に入った鈴木は2007年にアジア・チャンピオンズリーグを制したメンバーの中で、当時と同じくボランチでプレー。すると、ワシントンやロブソン・ポンテ、マリッチ、永井雄一郎、小野伸二、田中マルクス闘莉王といった個性の強い面々が次々にゴール前へ駆け上がっていく。鈴木は闘莉王が上がればスペースをカバーし、ボールが来ればシンプルに前線の面々にパスを渡す。
 
 後半に4点を取った赤のユニホームだが、得点者はワシントンとポンテが2点ずつ。鈴木は2アシストこそ記録したが、シュートはわずかに1本だった。誰が主役なのか、誰の引退試合なのか分からないくらいに、チームの一員としてプレーしていた。

 それでも鈴木は、後半の時間を「懐かしさも感じましたし、こんな時間が長く続けばいいなと思いながら」プレーしていたのだと話した。自ら同窓会と銘打ったこの引退試合について「僕は今日、この会を作ったというオーガナイザーでいいんです。みんなが個性の強い中でこのゲームを作ってくれて、本当に感謝したいです」と笑顔で話していた。
 
 試合後のセレモニーで、鈴木は金色に染まったスパイクをそっと置いた。
 
「本当に終わりなんだなって。もう1年半経っているんですけど、それでもやはり、ひとつの区切りというところで。でも、あのスパイクをみなさんの前で脱がせていただくということに僕は感謝したい。寂しさもありましたけど、逆に言えば、それが次への始まりなので」
 
 浦和に鈴木が加入したのはJ2で戦っていた2000年。16年をワンクラブマンとして過ごしていった。その節目となった一日に見せたのは、花試合で周りから主役としての輝きを与えられた一方で、浦和のためにハードワークするというふたつの顔。人望の厚い人間性と、これまでのサッカー人生の縮図をピッチに残していった。
 
取材・文:轡田哲朗(フリーライター)

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