【世界から】王妃とミュージシャンが抱く夢

音楽を通じて世界平和

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世界最高峰のエリザベート王妃国際音楽コンクールでチェロ部門2位になった岡本侑也さん
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コンクールの熱烈ファンに囲まれる岡本侑也さん(筆者撮影)
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2017年初のチェロのファイナリスト12人。後列左端が岡本侑也さん(C)Queen Elisabeth Competition
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自らもバイオリンを弾き、音楽の発展に尽力した故エリザベート王妃(C)Queen Elisabeth Competition

 クラシック音楽の世界で、チャイコフスキーやショパンといった国際コンクールと並んで、三大音楽コンクールの一つとされるベルギーの「エリザベート王妃国際音楽コンクール」。ベルギー人は毎年、このコンクールの時期になると、連日連夜テレビやラジオの前にくぎ付けになるほど熱心だ。その歴史は20世紀初めにさかのぼる。その後、第2次世界大戦の戦禍に阻まれて中断していたコンクールが、音楽を通じた世界平和を願い、王妃の名を冠して再開されたのは1951年のことだった。今では、若手音楽家の登竜門として極めて権威ある国際音楽コンクールの一つとなっている。これまで、ピアノ、バイオリン、声楽、作曲のみだったが、今年、初めてチェロ部門が開催され、岡本侑也さん(22)が堂々の2位に輝いた。感動の受賞後、ベルギー各地で行われた記念コンサートの合間に、彼が目指すものを尋ねてみた。

 ▽気さくにサイン

 約200人の応募からビデオ選考をクリアした68人の予選が始まったのは5月8日。それから6月3日深夜の発表の瞬間まで、熱心に応援し続けてきたファンたちは、普段着姿で何げなく現れた岡本さんをすぐに見つけて取り囲んでしまった。流ちょうなドイツ語や英語で受け答え、サインにも気さくに応じる岡本さんは、いかにも現代っ子ミュージシャン。肩の力が抜けていて、気取りもない。

 「コンクールというと、あら探しというか、ピリピリした雰囲気があるものですが、このコンクールでは、結果そのものより、温かく、親しく、共に喜んでくれる関係者や観客の皆さんがとにかくありがたかった」という。

 抱負を尋ねると「音楽を通じて人と人をつなげること。作曲家と演奏家、そして観客が、気持ちを共有できれば、同じ平和を求められる。究極の目標は音楽を通じて世界平和に貢献することです」ときっぱり語った。

 ▽日本との縁

 このコンクールでユニークなのは、ファイナルラウンドでは、時間をかけて練習してきたコンツェルト曲以外に、課題曲として、未発表の新作(これもオーケストラと協演するコンツェルト)がたった1週間前に渡されることだ。

 ファイナリストは「エリザベート王妃音楽チャペル」と呼ばれる特別な音楽院の寄宿舎に缶詰め状態になって、初めて見たその曲を猛練習し完成させる。本番までの間、指導教官とも、誰とも連絡を取ることは許されない。技術的にも、解釈や表現も、本人だけの実力勝負だ。オーケストラとのリハーサルも1回しかない。

 今年の課題曲は、日本を代表する現代音楽作曲家・細川俊夫氏による「Sublimation」(昇華)。「『琴のような音色』や『習字の筆さばきのような弓遣い』が求められ、日本人である僕にはイメージしやすかったかもしれない」と岡本さんは振り返る。

 細川氏は広島出身。広島にあるエリザベト音楽大学の客員教授でもある。大学名「エリザベト」の由来が、コンクール名と同じベルギーの故エリザベート王妃であることを知る人は多くはない。

 広島のエリザベト音大は1948年、原爆による惨禍の中で青少年に希望を与えたいと願って、ベルギー人のE.ゴーセンス神父が始めた音楽教室が前身となっている。

 神父は、こんな言葉を残している。「広島における原爆犠牲者の冥福と世界平和を祈念するために、広島に記念聖堂を建てることになったのだ。(中略)中世ヨーロッパにおいては聖堂にはいつも小さな音楽学校が併設されていたことを思い起こした」(『芸術と神秘』14号、エリザベト音楽大学、1964年12月号より部分的に抜粋)

 エリザベート王妃は戦後、ベルギーでコンクールを再開した同じ年に、同校設立の趣旨に共鳴し、その名を冠すことを許したとされる。

 ▽きな臭い世の中に

 暑い季節が巡って来ると、原爆による惨禍を思い起こし、平和を願う記念行事が日本列島各地で行われる。戦後70年余り、世界は軍縮や核不拡散を推進してきたはずなのに、ここのところ、欧州ではテロが日常茶飯事のように起こり、中東でも、日本海周辺でも、なんだかきな臭い話が聞こえてくる。

 音楽で世界中の人々の心をつなごうとする岡本さんは、7月21日に東京の浜離宮朝日ホール、8月と10月には東京オペラシティコンサートホールなど、日本各地で公演する予定だという。

 エリザベト音大の学生オーケストラも、8月末、初のヨーロッパ遠征を実現し、ドイツのハノーバーおよびベルリンで、細川氏の作品などを演奏する。音楽を通じて、言語や宗教や考え方の異なる世界の人々が感情を共有し「仲間だ」と感じることができれば、平和への道筋になるかもしれない。エリザベート王妃が祈願した世界平和を、若い世代のミュージシャンたちが引き継いで実現してくれるだろうか。(ブリュッセル在住ジャーナリスト、栗田路子=共同通信特約)

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