建物基礎や庭園を復元 国指定史跡の永福寺跡

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 1189年に奥州平泉を攻めた源頼朝が、亡くなった将兵の鎮魂のため建てた永福寺(ようふくじ)。鎌倉市が2007年度から実施してきた国指定史跡永福寺跡(同市二階堂)の整備が完了した。建物の基礎や庭園を復元し、当時日本最大規模だった寺の壮大な姿を思い描くことができる。

 市文化財課によると、永福寺は「吾妻鏡」などの文献から、平泉の中尊寺などを参考にして1192年に創建された。約1万5800平方メートルの整備地の中心に「二階堂」、その両脇に配した「阿弥陀堂」「薬師堂」を廊下でつなぐ構造。左右に翼廊があり、幅約130メートル、高さ約20メートルと推定されるが、詳しい外観などは分かっていない。

 頼朝の没後、境内で蹴鞠(けまり)や花見など華やかな行事が行われるようになり、幕府の賓客をもてなす迎賓館のような使い方をしていたという。焼失、再建を繰り返したが、1405年の火災で主な建物が焼け落ち、廃絶したと考えられている。

 1966年に国指定され、81年から96年にかけて発掘調査を実施。堂の規模や配置が判明したほか、瓦や仏具などが出土した。出土品は鎌倉歴史文化交流館で展示している。

 復元的整備事業は市内初で先月完了し、総事業費約8億1500万円。当時の地面や池を保護した上で盛り土し、同じ位置に基壇や礎石を設置した。建物跡前面に広がる池の水際は、浜砂利を敷き詰めて当時と同じように海浜の様子を再現した。

 公開史跡としていつでも見学可能。同課は「文化財の大切さを知ってもらいたい」と話す。

 17日午後2時〜3時半、現地で整備終了の報告会を開催。同課職員が概要を案内し、バーチャルリアリティー(仮想現実)映像で復元した寺を体験することもできる。

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