スカウトも驚いた「手」 恩師が語る中日ドラ2ルーキー京田の「強さ」

遊撃の定位置をキープし、セ・リーグ新人王候補の呼び声も高い中日のドラフト2位ルーキー京田陽太。23歳の内野手は俊足が持ち味で、盗塁数は7月終了時点で田中広輔内野手(広島)の「20」に続く「17」を記録。大島洋平外野手(中日)と並んでリーグ2位タイにつけており、盗塁王も狙える位置につけている。

中日・京田陽太【写真:荒川祐史】

新人王も視野、プロ1年目で輝く23歳の内野手

 遊撃の定位置をキープし、セ・リーグ新人王候補の呼び声も高い中日のドラフト2位ルーキー京田陽太。23歳の内野手は俊足が持ち味で、盗塁数は7月終了時点で田中広輔内野手(広島)の「20」に続く「17」を記録。大島洋平外野手(中日)と並んでリーグ2位タイにつけており、盗塁王も狙える位置につけている。

 打率も7月終了時点で.283をマークしており、5月、6月の月間打率は3割を超えた。活躍を続けるルーキーの好調の要因はどこになるのか――。日大時代に同選手を指導した同大学野球部の仲村恒一監督に話を聞いた。

 京田は強豪の青森山田高から日大に進学。青森山田高では甲子園の出場はなかったものの、当時から評価は高かったという。

「高校時代からよく見ていましたが、足が速く、肩が強い。バッティングも悪くはなかったですね」

 日大では3年秋に東都大学リーグの2部から1部に昇格し、4年秋には25季ぶりとなる優勝に貢献した。しかし、能力が高いゆえ、一人で突っ走ってしまうところがあったと仲村監督は振り返る。

提案した主将交代、「悔しかったと思う」

「意志が強いので、周りがついていけないことが多々ありました。京田は実力があるので、周りが遠慮してしまう。『チームプレーの中ではよくない』と、3年の春まではよく叱りました」

 精神的にも成長した京田は4年から主将を務め、チームメートからも信頼される選手になった。「人間的にもカドが取れ、周りの人の言うことを受け入れるようになった」と仲村監督。しかし、春のリーグ戦では4位と低迷。成績が振るわなかったため、周りから批判を受けたという。

「目立つ選手でしたから、いろいろなことを言われましたね。『プロに行くためだけにやっているのではないか』と、心無い言葉を浴びせられたりもしました」

 仲村監督はこうした周囲の目を逸らすため、主将の交代を提案した。京田は「最後までやらせて欲しい」と訴えたが、話し合いを重ねた上で、主将を外れることになった。

「悔しかったと思います。でも、その思いをやる気に変え、気持ちを奮い立たせた。それが4年秋の優勝につながったと思います。いい形で締めくくることができました」

技術面の成長の転機、「ものすごくバットを振るようになった」

 一方、技術面での成長の転機になったのが4年の7月に行われた日米大学野球だったと仲村監督は振り返る。「(日本代表では)色々なことを感じて帰ってきました。チームでは中心になってもらいたいという思いもあり、中軸を打たせていましたが、代表での打順は下位でした。『打つことに関してレベルを上げなければ』と思ったんでしょう。もともとよく練習をする子でしたが、それ以来、ものすごくバットを振るようになりました」

 神宮での試合の際も、ベンチにいる時にそれまではグラブしか持っていなかったが、バットを持つようになったという。

「中日への入団が決まり、挨拶に訪れたスカウト部長が『あんなごつごつした手を初めて見た』と言っていました。そのくらい練習していましたよ。それが、今の3割近い打率に繋がったのではないかと思います。4年生の1年間を経験せずプロに行っていたら、今かなり苦労していると思います」

 仲村監督は、プロで活躍する京田の姿を見に球場を訪れることがあるという。

「イニングの合間の肩慣らしのキャッチボールを、ここでやっていた基本通りに今でもやっていました。京田の強さは、そういうところだと思います」

 周りを受け入れる柔軟性と、バッティングの意識の変化。そして、プロの世界でも基本を忘れず取り組む姿勢が京田を成長へと導いている。中日期待のルーキーは今後、どのような活躍を見せてくれるのか。その飛躍に多くのファンが期待している。(篠崎有理枝 / Yurie Shinozaki)

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