<あのころ>外車で渋滞の兆し

庶民にはまだ高根の花

1953(昭和28)年8月13日、国産車がまだ少ない時代に、東京の日比谷交差点はすでに渋滞の兆しがうかがえる。米国車など外車が目立つが、乗用車は庶民に縁のない高根の花だった。55年に通産省が「国民車構想」を発表すると、やがて軽自動車などのファミリーカー時代を迎える。

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