テレビドラマから誕生したティーン・アイドル:'70年代ボーイズ編

今も昔もテレビドラマは若手スターの登竜門。そこで、テレビドラマから飛び出して全米のティーンを熱狂させた歴代アイドルスターを一挙ご紹介。まずは’70年代の男性アイドルたちから!

<デヴィッド・キャシディ>

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UNITED STATES - JUNE 04: THE PARTRIDGE FAMILY - David Cassidy, ca. mid-1970s, (Photo by ABC Photo Archives/ABC via Getty Images)

生年月日:1950年4月12日
代表作:『人気家族パートリッジ』(‘70~’74)

やはり、’70年代を代表する男性スーパー・アイドルといえばデヴィッド・キャシディでしょう。音楽ファミリー・ドラマ『人気家族パートリッジ』の長男キース役で大ブレイクし、ソロ歌手としてもヒット曲を連発。当時は日本でも人気が爆発しました。最近では酒気帯び運転でたびたび逮捕されたり自己破産したりと良いニュースを聞きませんが、’70年代のポップカルチャーを象徴する存在と言えるでしょう。

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UNITED KINGDOM - FEBRUARY 08: The American Singer David Cassidy In Front Of Buckingham Palace In London In 1972. (Photo by Keystone-France/Gamma-Keystone via Getty Images)

父親はブロードウェイの大物ミュージカル俳優ジャック・キャシディ。腹違いの弟ショーンも後にティーン・アイドルとなります。4歳の時に両親が離婚し、父親はミュージカル映画の名女優シャーリー・ジョーンズと再婚。その継母シャーリーの主演ドラマとして企画されたのが『人気家族パートリッジ』だったわけです。

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UNITED STATES - SEPTEMBER 25: THE PARTRIDGE FAMILY - gallery - pilot - 9/25/70, Shirley Jones and her stepson, David Cassidy (far left) starred as Shirley and Keith Partridge in this comedy about a family that hit the big time in the music...

当時のアメリカ音楽界では、ジャクソン5やオズモンズなどのファミリー・バンドが大人気。その元祖とも言うべきカウシルズをモデルに、シングルマザーの母親と5人の子供たちがポップバンドを結成し、人気スターとして全米各地を巡業していきます。プロデューサーのバーナード・スレイドは、既に主演に決まっていたシャーリーの継子デヴィッドを一目見て気に入り、このルックスだったら絶対に人気が出るだろうと考えて起用したと言われています。

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UNITED STATES - SEPTEMBER 25: THE PARTRIDGE FAMILY - gallery - pilot - 9/25/70, Shirley Jones and her stepson, David Cassidy starred as Shirley and Keith Partridge in this comedy about a family that hit the big time in the music business., ...

その予想通り、番組が始まるやいなや長男キースを演じるデヴィッドに全米のティーン女子が熱狂。番組では劇中に演奏されるオリジナル曲をパートリッジ・ファミリー名義でレコード化したのですが、その多くでデヴィッドがリード・ボーカルを担当しました。中でも、シングル『悲しき初恋(I Think I Love You)』はビルボード全米チャートで1位を獲得する大ヒットに。これは日本でもフィンガー5がカバーしています。

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さらに、’72年にソロ歌手としてデビューすると人気はさらに過熱。56000人分のチケットを完売したテキサスのスタジアム・コンサートを皮切りに、全米でのツアーは即日ソールドアウトが連発。その人気はイギリスや西ドイツ、オーストラリア、日本へと飛び火し、「キャシディマニア」と呼ばれる社会現象にまでなりました。

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NEW YORK, NY - JANUARY 10: Musician David Cassidy performs at BB King on January 10, 2015 in New York City. (Photo by Debra L Rothenberg/Getty Images)

その後は俳優業よりも音楽活動に主軸を置くようになり、’90年代初頭までコンスタントにシングルやアルバムをヒットさせ、ブロードウェイやロンドンの舞台ミュージカルにも出演していました。近年は愛娘ケイティ・キャシディが女優として映画やドラマで活躍中ですね。

<ショーン・キャシディ>

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THE HARDY BOYS/NANCY DREW MYSTERIES - Gallery February, 1977. (Photo by ABC Photo Archives/ABC via Getty Images) SHAUN CASSIDY

生年月日:1958年9月27日
代表作:『ハーディ・ボーイズ&ナンシー・ドルー』(‘77~’79)

そのデヴィッド・キャシディの腹違いの弟、しかも兄に負けないくらい甘いマスクの美少年ということで、鳴り物入りでデビューしたのがショーン・キャシディ。素人探偵兄弟が難事件を解決するドラマ『ハーディ・ボーイズ&ナンシー・ドルー』でいきなり弟ジョー役に抜擢され、その年リリースされたシングル「ダ・ドゥー・ロン・ロン」は全米ナンバー・ワンの大ヒットに。ここ日本でも兄デヴィッド同様に売れまくり、来日も果たしています。

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THE HARDY BOYS/NANCY DREW MYSTERIES - 'Hardy Boys and Nanacy Drew Meet Dracula' which aired on September 11, 1977. (Photo by ABC Photo Archives/ABC via Getty Images) PARKER STEVENSON;PAMELA SUE MARTIN;SHAUN CASSIDY
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Shaun Cassidy during Shaun Cassidy on WQXI Radio - June 1, 1977 at WQXI Radio in Atlanta, Georgia, United States. (Photo by Tom Hill/WireImage)

父親はジャック・キャシディ、母親はシャーリー・ジョーンズという、ミュージカル界の大物を両親に持つサラブレッドとして生まれたショーン。実はデビューは歌手としての方が先なのですが、当初はヨーロッパでのリリースが先行。アメリカでは『ハーディ・ボーイズ&ナンシー・ドルー』の放送スタート後にファースト・アルバムが発売され、ドラマの人気との相乗効果でたちまちトップスターへと上りつめました。

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THE HARDY BOYS/NANCY DREW MYSTERIES - 'Strange Fate of Flight 608' which aired on November 6, 1977. (Photo by ABC Photo Archives/ABC via Getty Images) SHAUN CASSIDY
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NEW YORK, NY - OCTOBER 08: Shaun Cassidy attends 'Emerald City' panel during the 2016 New York Comic Con - day 3 on October 8, 2016 in New York City. (Photo by John Lamparski/Getty Images)

続くセカンド・アルバムも大ヒットしたものの、その後は急速に人気が低迷。’80年代には活躍の場をブロードウェイの舞台へと移し、’90年代以降はプロデューサーとして数多くのテレビドラマを制作しています。『アメリカン・ゴシック』(‘95~’96)や『invasion -インベイジョン-』(‘05~’06)、最近だと『エメラルディシティ』(’17)などのクリエイターを務めています。

<レイフ・ギャレット>

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FAMILY - 'All for Love' - Airdate: September 28, 1978. (Photo by ABC Photo Archives/ABC via Getty Images) LEIF GARRETT

生年月日:1961年11月8日
代表作:『Three for the Road』(’75)

キャシディ兄弟に匹敵する’70年代のスーパー・アイドルですね。もともと子役として映画やドラマで活躍していたものの、’75年に出演したドラマ『Three for the Road』をきっかけにティーン女子の間で人気が爆発。翌年には歌手デビューし、’78年のディスコ曲「ダンスに夢中」が全米トップ10ヒットに。日本でもテレビCMに起用されるなど大ブレイクし、「ダンスに夢中」を川崎麻世が、「ニューヨーク・シティ・ナイト」を「哀愁でいと」として田原俊彦がカバーしました。

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CANADA - AUGUST 20: Just a wiggle: That's all it took for Leif Garrett to bring his fans to near hysteria at the CNE Grandstand last night. The teen idol's fans were lined up at the gate for hours before the concert and spent a fortune on...
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5歳の頃から子役として活躍し、『ウォーキング・トール』シリーズなどの映画に出演していたレイフ。その大きな転機となったのが、妻を失った中年男と2人の息子の旅路を描いた期間限定のドラマシリーズ『Three for the Road』でした。放送が始まるやいなや、次男エンディ役を演じたレイフが全米のティーン女子の注目の的となり、たちまちティーン雑誌のグラビアで引っ張りだこに。その人気に注目したアトランティック・レコードと契約を結び、歌手デビューしたというわけです。

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LOS ANGELES, CALIFORNIA - APRIL 09: Musician Leif Garrett at the The Hollywood Show held at Westin LAX Hotel on April 9, 2016 in Los Angeles, California. (Photo by Albert L. Ortega/Getty Images)

しかし、’79年のサード・アルバムが全く売れず、さらには麻薬と飲酒で交通事故を起こして人気が急落。名作『アウトサイダー』(’83)に出演するなど俳優業に専念するようになりますが、しかし14歳の頃から覚えたというドラッグの中毒に長年苦しみ、幾度となく麻薬所持で逮捕されています。恐らくドラッグの影響なのだと思いますが、キュートだった容姿もあっという間に変わってしまい、俳優としてもずっと低迷したまま。ただ、『ダンスに夢中』が当時韓国で記録的な大ヒットとなり、さらに当時韓国ではまだ稀だった訪韓コンサートを行った歌手でもあったことから、近年はソウルや釜山で何度かコンサートを行ったようです。

<ジョン・トラヴォルタ>

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UNITED STATES - SEPTEMBER 23: WELCOME BACK, KOTTER - Season Two - 9/23/76, John Travolta (Barbarino), (Photo by ABC Photo Archives/ABC via Getty Images)

生年月日:1954年2月18日
代表作:『Welcome Back, Kotter』(‘75~’79)

そうです。あのジョン・トラヴォルタです。日本だと映画『サタデー・ナイト・フィーバー』(’77)でブレイクしたという印象の強いトラヴォルタですが、実はアメリカではその2年前、テレビの青春ドラマ『Welcome Back, Kotter』に出演してティーンのアイドル的存在に。ティーン雑誌のグラビアでは上半身裸のセクシー写真なども披露して女子を熱狂させ、その人気に便乗して歌手デビューまで果たしています。

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WELCOME BACK, KOTTER - 'The Great Debate' - Airdate September 9, 1975. (Photo by ABC Photo Archives/ABC via Getty Images) LAWRENCE HILTON-JACOBS;GABE KAPLAN;JOHN TRAVOLTA;ROBERT HEGYES;RON PALILLO

ニューヨークの下町ブルックリンのハイスクールを舞台に、ユーモラスな熱血教師コッター先生と落ちこぼれ生徒集団スウェットホッグスの交流を描いたドラマ『Welcome Back, Kotter』。トラヴォルタは自称「スウェットホッグスで一番のモテ男」ヴィニーを演じました。これが初の大役となった彼は、たちまちお茶の間の人気スターに。歌手としてもシングル『レット・ハー・イン』が全米チャート10位をマークし、アルバム『初恋のプリンス』もトップ40に入りました。番組そのものも大ヒットし、当時はノベライズ本やランチボックス、着せ替え人形などの関連グッズが発売されるほどのブームとなったようです。

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ただ、トラヴォルタは番組出演中に次々と映画の仕事が決まり、’77~’78年のシーズン3を最後にレギュラーから降板。最終シーズンでは特別ゲストとして8エピソードに顔を出しています。その後は映画スターとして快進撃を続け、現在に至るまで長いキャリアを誇っているというわけです。

<ロン・ハワード>

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UNITED STATES - JANUARY 04: HAPPY DAYS - 'Richies Cup Runneth Over' - Season One - 1/4/74 Ron Howard (Photo by ABC Photo Archives/ABC via Getty Images)

生年月日:1954年3月1日
代表作:『ハッピー・デイズ』(‘74~’84)

今やハリウッド映画界の巨匠となったロン・ハワード監督ですが、実はもともと俳優だったことはご存知の方も多いと思います。そんな彼にとって、俳優時代の最大の代表作がアメリカの国民的青春ドラマ『ハッピー・デイズ』。シャイで純情でお茶目な高校生リッチ―役を演じたロンは、ティーン女子だけでなくその親世代からも好感を持たれるスーパー・アイドルとなりました。

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UNITED STATES - JANUARY 15: HAPPY DAYS - Gallery - Season One - 1/15/74, One of the most successful series of the 1970s was 'Happy Days', which was set in the late 1950s, early 1960s in Milwaukee. 'Happy Days' told the story of the...

両親がともに俳優で、5歳の頃から子役として活躍していたロン。人気ドラマ『メイベリー110番』(‘60~’68)で主人公の一人息子役を8年間に渡って演じ、たちまち名子役と呼ばれるようになります。さらに、ジョージ・ルーカス監督の出世作である青春映画『アメリカン・グラフィティ』(’73)では、’60年代の片田舎に暮らす純朴で平凡な高校生スティーブ役を好演。その延長線上にあったのが、古き良き’50年代のアメリカのキラキラとした青春模様を描いた『ハッピー・デイズ』のリッチー役だったわけです。

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UNITED STATES - JUNE 18: HAPPY DAYS - 'Richie's Car' - Season Two - 6/18/74 Richie Cunningham ( Ron Howard ) sits with a girl in a stolen car. (Photo by ABC Photo Archives/ABC via Getty Images)
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UNITED STATES - NOVEMBER 12: HAPPY DAYS - 'Wish Upon a Star' - Season Two - 11/12/74, Richie (Ron Howard) took movie star Cindy Shea (Cheryl Ladd) to the school dance., (Photo by ABC Photo Archives/ABC via Getty Images)

テレビと並行してジョン・ウェイン共演の『ラスト・シューティスト』(’76)などの映画でも活躍していた彼は、カーアクション映画の傑作『バニシングIN TURBO』(’76)で主演のみならず、初めて監督と脚本をも担当。’80年に『ハッピー・デイズ』のレギュラーを降板(その後もゲストとして出演)したこと機に、本格的に映画監督としての道を歩むようになったわけです。その後の活躍ぶりは、もう皆さんご存知ですよね。

<ヘンリー・ウィンクラー>

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UNITED STATES - JULY 10: HAPPY DAYS - Gallery - Season Two - 7/10/75 - Fonzie (Henry Winkler) (Photo by ABC Photo Archives/ABC via Getty Images)

生年月日:1945年10月30日
代表作:『ハッピー・デイズ』(‘74~’84)

ロン・ハワードは『ハッピー・デイズ』以前から有名人でしたが、こちらのヘンリー・ウィンクラーは同番組から生まれたスーパー・アイドル。といっても、番組スタート時点で既に29歳だったのですが、彼が演じるチャーミングで憎めない地元の不良フォンジーに全米のティーン女子が大熱狂。当初の設定だとフォンジーは脇役の一人だったのですが、あまりの人気ぶりにメイン・キャラへと格上げされ、最終的にリッチー役のロン・ハワードとダブル主演の形を取ることとなりました。

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HAPPY DAYS - 'Fonzie Loves Pinky' which aired on September 21, 1976. (Photo by ABC Photo Archives/ABC via Getty Images) ROZ KELLY;HENRY WINKLER
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UNITED STATES - FEBRUARY 07: HAPPY DAYS - 1978, Henry Winkler. Ron Howard (Photo by ABC Photo Archives/ABC via Getty Images)

父親がユダヤ系の裕福な会社経営者で、ニューヨークの高級住宅地アッパー・ウェスト・サイドで育ったヘンリーですが、役者としては長いこと全く売れず、主にテレビCMのモデルで生計を立てていたそうです。そんな彼の転機になったのが『ハッピー・デイズ』。フォンジー役で大ブレイクを果たした彼は、サリー・フィールドと好演した『幸福の旅路』(’77)や盟友ロン・ハワード監督の『ラブINニューヨーク』(’82)などの映画にも次々と主演。甘いマスクと人懐っこい笑顔で人気スターの仲間入りを果たします。

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BEVERLY HILLS, CA - MAY 17: Actor Henry Winkler arrives at the premiere of HBO's 'If You're Not In The Obit, Eat Breakfast' at Samuel Goldwyn Theater on May 17, 2017 in Beverly Hills, California. (Photo by Axelle/Bauer-Griffin/FilmMagic)

しかし、’84年に『ハッピー・デイズ』の放送が終了すると、監督およびプロデューサーとしての仕事に専念するように。『冒険野郎マクガイバー』(‘85~’92)や『どこかでなにかがミステリー』(‘99~’01)などのテレビドラマを製作し、バート・レイノルズ主演の『コップ・アンド・ハーフ』(’92)などの映画の監督も手掛けています。’90年代半ばからは俳優業にも復帰し、映画『スクリーム』(’96)では間抜けな殺され方をする校長先生役で登場。最近では彼が執筆した児童書を原作にした英国ドラマ『ハンク -ちょっと特別なボクの日常-』(‘14~’16)に自らも出演しています。

<スコット・ベイオ>

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FANTASY ISLAND - 'Amusement Park / Rock Stars' - Airdate: May 13, 1979. (Photo by ABC Photo Archives/ABC via Getty Images) SCOTT BAIO

生年月日:1960年9月22日
代表作:『ハッピー・デイズ』(‘77~’84)、『Charles in Charge』(‘84~’90)

『ハッピー・デイズ』から飛び出した、もう一人のティーン・アイドルがスコット・ベイオ。ヘンリー・ウィンクラー演じるフォンジーの従兄弟チャチとして、’77年のシーズン5より番組に加わりました。当初はセミ・レギュラーの扱いだったものの、そのキュートなルックスがティーン女子のハートを鷲掴みにし、1週間で5000通のファンレターが届くように。翌年のシーズン6よりメインキャストに格上げされ、’84年の番組終了まで視聴者に愛されました。

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もともと子役スターとして活躍していたスコット。同じく子役だったジョディ・フォスターと共演した、オールキッズのギャング映画『ダウンタウン物語』(’76)がなんといっても有名ですよね。青春映画『フォクシー・レディ』('80)でもジョディと再共演し、ちょっとワルぶっているけど純情なスケボー少年役を好演。当時は映画でもけっこう活躍していました。

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UNITED STATES - SEPTEMBER 30: JOANIE LOVES CHACHi - gallery - Season Two - 9/30/82, Scott Baio (Chachi) , (Photo by ABC Photo Archives/ABC via Getty Images)
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Heather Locklear & Scott Baio during Battle of the Network Stars at Pepperdine University in Malibu, California. (Photo by Barry King/WireImage)
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LOS ANGELES, CA - MARCH 23: Actor Scott Baio arrives at Nickelodeon's 26th Annual Kids' Choice Awards at USC Galen Center on March 23, 2013 in Los Angeles, California. (Photo by Kevin Mazur/WireImage)

‘84年からは、ひょんなことからわんぱく盛りの子供たちの面倒を見ることになった大学生チャールズを演じたドラマ『Charles in Charge』に主演。こちらも5シーズンに渡って放送されるヒットとなりましたが、残念ながら日本では放送されなかった模様です。その後は、医療ドラマシリーズ『Dr.マーク・スローン』(‘93~’01)にセミ・レギュラーとして出演した以外は、これといったヒットに恵まれなくなったスコット。ホラー映画『ウェス・クレイヴン’s カースド』(’05)では、往年の人気スター、スコット・ベイオ役として顔を出していました。

<ウィリー・エイムス>

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FAMILY - 'The First Time' - Airdate: September 27, 1977. (Photo by ABC Photo Archives/ABC via Getty Images) WILLIE AAMES

生年月日:1960年7月15日
代表作:『Eight is Enough』(‘77~’81)、『Charles in Charge』(‘84~’90)

日本ではフィービー・ケイツ主演の映画『パラダイス』(’82)の美少年として知られるウィリー・エイムスですが、アメリカでは’70年代からテレビを中心に親しまれたスター。特にティーン女子からの人気が高く、当時はティーン雑誌のグラビアでも引っ張りだこでした。

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EIGHT IS ENOUGH - Gallery - Shoot Date: April 18, 1978. (Photo by ABC Photo Archives/ABC via Getty Images) WILLIE AAMES

多くのティーン・アイドルと同様に、’60年代から子役として活躍していたウィリー。『ガンスモーク』や『外科医ギャノン』などの人気ドラマにゲスト出演した後、8人の子供を育てるシングルファーザーを描いたファミリー・ドラマ『Eight is Enough』のレギュラーに起用されます。ここで14歳のお茶目なトミーを演じたウィリーが大ブレイク。その人気を受けて、ロック・バンドのリード・ボーカリストとしてもメジャー・デビューしましたが、そちらは残念ながら売れませんでした。

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EIGHT IS ENOUGH - 'Finally Grad Night' (a.k.a., 'Life of the Party') - Airdate: April 30, 1980. (Photo by ABC Photo Archives/ABC via Getty Images) L-R: GRANT GOODEVE;LANI O'GRADY;WILLIE AAMES;MICHAEL GOODROW
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EIGHT IS ENOUGH - 'Idolbreaker' - Airdate: April 11, 1981. (Photo by ABC Photo Archives/ABC via Getty Images) WILLIE AAMES

番組終了後は、先述した『パラダイス』やスコット・ベイオ主演の『超能力学園Z』(’82)などの映画に出演しましたが、これといった代表作に恵まれず。しかし、そのスコットと再共演したドラマ『Charles in Charge』がヒットし、主人公の親友バディー役として親しまれました。

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BEVERLY HILLS, CA - JULY 29: Actor Willie Aames attends Hallmark Channel and Hallmark Movies and Mysteries at the 2015 Summer TCA Tour at a private residence on July 29, 2015 in Beverly Hills, California. (Photo by David Livingston/Getty Images)

ただ、その後は全くの鳴かず飛ばず。長年のアルコール中毒で身を持ち崩し、’08年には自己破産してしまいました。現在はリハビリで立ち直り、少しずつ役者としての活動も再開しているようです。

<ヴィンセント・ヴァン・パタン>

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THE SIX MILLION DOLLAR MAN - 'The Bionic Boy' - Airdate November 7, 1976. (Photo by ABC Photo Archives/ABC via Getty Images) VINCENT VAN PATTEN

生年月日:1957年10月17日
代表作:『Apple’s Way』(‘74~’75)

日本では俳優としてよりもプロ・テニス選手として有名かもしれませんね。’81年のセイコー・スーパー・テニスでは、あのジョン・マッケンローなどの強豪を破って優勝。しかも、ブロンドの爽やかで端正なマスクだったことから、日本ではたちまち有名となり、テレビCMにも起用されたりしました。

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そんなヴィンセントですが、アメリカでは’70年代を代表するティーン・アイドル俳優の一人として知られ、当時はデヴィッド・キャシディやウィリー・エイムスらと並んで、ティーン雑誌のグラビアを賑わせていたものでした。ただ、ちょっと意外なのは、俳優としてこれといった決定的な代表作があったというわけではないことです。

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HOW THE WEST WAS WON - 'The Rustler' - Airdate: January 22, 1979. (Photo by ABC Photo Archives/ABC via Getty Images) VINCENT VAN PATTEN
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父親は名脇役俳優ディック・ヴァン・パタン、叔母も名女優ジョイス・ヴァン・パタンという芸能一家に生まれたヴィンセント。チャールズ・ブロンソンと共演した『さらばバルデス』(’73)などの映画やドラマに子役として出演した後、ファミリー・ドラマ『Apple’s Way』やレイフ・ギャレットと共演した『Three for the Road』などにレギュラー出演していますが、いずれの番組も短命に終わっています。どちらかというと、演技よりもルックスが先行した人気だったのかもしれません。

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BEVERLY HILLS, CA - FEBRUARY 28: Actor Vincent Van Patten attends the Family Equality Council's Los Angeles Awards Dinner at The Beverly Hilton Hotel on February 28, 2015 in Beverly Hills, California. (Photo by Imeh Akpanudosen/Getty Images)

成人してからはカナダ産のメロドラマ『イエスタデイ』(’79)やホラー映画『ヘルナイト』(’81)に主演したものの、やはり興行的なヒットには恵まれず。現在もインディーズ映画を中心にコツコツと役者を続けているようです。

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