語り継ぐ意志 戦後72年 次世代への思い (下)

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瀧本さんのDVDを手にする新聞うずみ火の矢野代表

 ミッドウェー海戦では、日本海軍の空母「飛龍」の甲板での作業中、敵戦闘機に後方から機銃で撃たれた。伏せた身体の2、30センチ右側に弾がパン、パン、パンと当たるのを見た。爆撃で格納庫が燃え、床下のスペースにいた兵隊は蒸し焼きになった。約1500人の乗組員のうち約千人が戦死した。

 トラック諸島(現ミクロネシア連邦)では飢えとの闘いだった。やわらかそうな木の葉を海水で煮て食べることが半年続いた。朝起きると隣で寝ていた仲間が死んでいる。骨と皮にやせた約4万人の兵隊の約半数が餓死した。

 元海軍兵、瀧本邦慶(くによし)さん(95)=大阪市東淀川区=がDVD「私の戦争体験」で若者に向けて「現実を知り、命を大切にして」と呼び掛けている。

■被害を過小発表

 瀧本さんは17歳で海軍に志願。2年後、航空母艦「飛龍」の航空整備兵として1941年の真珠湾攻撃に参加し、翌42年のミッドウェー海戦で機銃で狙われ負傷。44年からはトラック諸島に。

 ミッドウェー海戦の負傷者は海軍病院で隔離され、他の負傷者と話すことも禁止された。生き残りは、南方の一番戦闘の激しい場所に、瀧本さんもトラック諸島に送られた。軍が被害を過小に発表していることを隠すためだと感じた。

 トラック諸島で瀧本さんたちが葉っぱを食べていたころ、士官は銀飯を食べていた。瀧本さんは「戦地で戦うのはこちら。将校以上は人の命、下っぱの命は虫けらの命、消耗品(とみられている)。貴様らが死んでも痛くもかゆくもないと上官に言われた」と憤る。

■国にだまされた

 瀧本さんはトラック諸島での気持ちを「国にだまされたと思った」と振り返る。「食べ物がなくなっていつ死ぬかわからん、国が本当に若者の命を大事にするなら捕虜になれという命令を出さないといけない。捕虜になれば国際条約で食料を与えよと言う決まりなので命は助かる。上はそんなこと考えないと思った」。

 特定秘密保護法、安保法制、「共謀罪」などで見せた現政権の強行姿勢にも「いつでも戦争をできるようにしている。まず、現実を知ること。国家権力の実際の狙いはどこにあるのか考えないといけない。われわれ自身が賢くなって、うそを見破る力をつけること」と指摘。「今から育つ若者に命を大切にしてと伝えたい」と強調する

 DVDは月刊紙「新聞うずみ火」が昨年12月に主催した講演を収録。矢野宏代表は「瀧本さんは意見を押しつけず、自身の体験を一つの事実として、自分の頭で考える材料を提供している」と話す。1300円(郵送は1500円)、問い合わせは電話06(6375)5561、うずみ火。

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