<アングル福島>問い続ける「戦争」 作家・島尾敏雄生誕100年

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【原点】湿気が肌にまとわりつく。特攻艇「震洋」の格納壕だった洞窟には、せみ時雨も届かない。戦後、人間の生と死の本質を問い掛ける島尾作品を生み出した原点が、闇の中にあった=鹿児島県瀬戸内町の加計呂麻島・呑之浦

 自らの特攻体験を基に、戦争の不条理を描いた福島県南相馬市(旧小高町)ゆかりの作家島尾敏雄(1917~86年)が今年、生誕100年を迎えた。鹿児島県奄美大島南部の加計呂麻(かけろま)島に足跡を訪ねた。

 宝石箱のように美しい入り江の呑(のみ)之浦。太平洋戦争の敗色が濃くなった1944年秋、島尾が特攻隊長として赴いた海軍基地があった。あちこちに見える海辺の洞窟はモーターボートの特攻艇「震洋」の格納壕(ごう)。いつ命を散らすかもしれない極限状態の中、後に妻となる島の教員ミホと逢瀬(おうせ)を重ねた浜も残る。

 特攻艇に爆薬を積み、洞窟に身を潜めた特攻隊員。 <こころにもからだにも死装束(しにしょうぞく)をまとったが…近づいてきた死は、はたとその歩みを止めた>と『出発は遂(つい)に訪れず』に記した。

 出撃命令はなく、8月15日を迎える。青春を費やしてしまった若者にとって、戦争とは何だったのか。敗戦から明日で72年がたつ。(写真部・佐々木浩明)

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