戦争と震災胸に100歳 一関の男性、終戦記念日が誕生日

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 終戦記念日の15日、一関市三関の小野寺栄(さかえ)さん(気仙沼市唐桑町出身)は100歳の誕生日を迎える。第2次世界大戦中は群馬県で飛行機の生産、開発に携わった。戦後は気仙沼市で呉服店を創業するも、約60年続けた店が東日本大震災の津波で流失した。戦争と震災で多くの命が失われるのを目の当たりにしながらの1世紀。「100歳まで生きるのは本当に大変だ。犠牲者の無念さを背負い、生きている」と人生の重みをかみしめる。

 小野寺さんは6人きょうだいの4番目。唐桑村(現気仙沼市唐桑町)の小原木(こはらぎ)小を卒業後、大工に弟子入り。戦争が始まると、1938(昭和13)年に群馬県太田市の中島飛行機に技術者として召集され、飛行機の開発、生産に終戦まで従事した。忘れられないのが終戦直前の宇都宮空襲。自身が学生や市民らを誘導した防空壕(ごう)が空襲に遭い、焼け焦げた。

 あの時、あの防空壕に案内しなければ―。毎年、自責の念に駆られながら迎える終戦記念日。そしてそのたびに年を重ねてきた。「今朝、話をした人に夕方にはもう会えなくなっている。戦時中はそんなことがよくあった。戦争だけは二度としてはいけない」。次世代に一番伝えたい思いだ。

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