【赤ちゃんポストの跡】(中)親への不信感、心に傷

思春期に目立つ問題行動

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「天使の宿」に預けられた子どもを育てた成相八千代さん(左)と、元群馬県議の中村紀雄さん=群馬県前橋市

 「高校生が産んだ赤ちゃんや不倫で生まれた子を、体裁を気にした親や家族が預けに来た。中には、7歳くらいの子や障害児もいた」

 群馬県大胡[おおご]町(現前橋市)の赤ちゃんポスト「天使の宿」に預けられた子どもたちを育てた成相[なりあい]八千代さん(89)は、1986年の開設当初の状況を振り返る。

 天使の宿を設置した故・品川博さんが子どもに名前を付けて、一人ずつ戸籍を作ったという。

 戸籍法などでは、身元が分からない子どもは「棄児[きじ]」として警察や児童相談所に報告され、市町村長が名付けて戸籍を作るとしている。しかし、「天使の宿」に行政や福祉が関与した形跡はない。

 前橋市子育て支援課は「合併前の旧大胡町のことについては資料がなく、詳しい経緯は分からない」。同県児童福祉課も「現時点では経緯の確認ができない」という。

 開設から6年後の1992年2月、「天使の宿」で男児の遺体が発見され、初めて警察や行政が関与することになる。男児は生後2~3週間とみられ、司法解剖の結果、凍死と判明した。

 当時、75歳になっていた品川さんは病気がちで、見回りなどが十分にできない状態だったという。

 地元の上毛新聞は、事態を重く見た県が廃止を求め、運営母体の財団も同意したと伝えている。事件後すぐに鍵をかけ、使えないようにしたという。

 一方、廃止後も、既に預けられていた子どもたちを育てる必要があった。成相さんのほか、地域のボランティアらが手伝った。

 周囲には、子どもの親のことを「ひどい親」などと悪く言う大人たちがいた。「子どもを捨てるような親の元でなく、天使の宿に預けられて良かったね」という気持ちで、子どもたちを元気づけようとの“善意”だったかもしれない。「見たこともなく、誰か分からなくても、自分の親のことを悪く言われた子どもたちの心は深く傷ついていた。言い返すこともできなかった」と成相さんは言う。

 思春期を迎えた子どもたちは問題行動が目立つようになる。元財団理事で群馬県議だった中村紀雄さん(76)は「背景には、親から置いていかれたことへの不信感があった」とみる。子どもたちが「かけこみ寺」で暮らしていることは学校でも知られており、いじめられることもあったようだ。一緒に暮らす子どもたちの間でも、けんかなどのトラブルもあった。

 「高校だけは出てほしい」と成相さんは説得したが、子どもたちの進学意欲は薄く、高校に行っても中退者が相次いだ。結局、成相さんが知る7人のうち、高校を卒業したのは1人だけだった。(森本修代)

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