【赤ちゃんポストの跡】(下)「命救う」理念とのギャップ

出自分からぬ不安ずっと

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「かけこみ寺」だった建物。天使の宿に置かれた子どもたちが暮らしたが、今は国有地となり、立ち入りは禁止されている=8月、群馬県前橋市

 「かけこみ寺」の運営は厳しかった。子どもたちの食費や生活費がかかる上、2億円以上かけて建設された4階建ての建物と約2500坪の土地は、固定資産税だけでも年間百万円超と、重くのしかかった。

 「寄付もあったが、お金が続かなくなった」。かけこみ寺に住み込んで子どもの世話をした成相[なりあい]八千代さん(89)は話す。

 最後の子どもが18歳になった2009年3月、かけこみ寺は閉鎖された。運営財団も解散。土地と建物は国の所有となった。

 群馬県前橋市堀越町にあるかけこみ寺跡。朽ちたまま放置されたブランコがあった。その後は使われることもなく、立ち入り禁止となっている。買い手がつかないという。

 預けられた子どもたちは現在、30歳前後になっている。どうしているのか。結婚して2児をもうけたが離婚し、介護職をめざしている人、夫から暴力を受けて警察ざたになった後、連絡が途絶えた人も…。成相さんは「半分くらいしか分からない」という。

 「誰も見ていない場所に置かれたところから、子どもたちの人生は始まった。大切な存在として親から抱き締められた経験もない。人への信頼感や自己肯定感を育むのは難しい」と成相さん。「出自を知ることが絶対に必要だとは言えないと思っていたが、甘かったかもしれない」

 同財団の元理事で、群馬県議を7期務めた中村紀雄さん(76)は「子どもの親には責任がある。安易にその責任を放棄することがあってはならないと思う。行政は親の子育てを支援し、育てられない場合は養子縁組などを進めることが重要だ」と訴える。

 「天使の宿」を設置した品川博さんは1999年、83歳で死去した。品川さんが開設した児童養護施設に勤めていた松橋美明[まつはしよしあき]さん(67)は「命を救うという品川さんの理念は崇高だったが、自分の都合を優先して黙って子どもを置いた親とのギャップはあまりに大きかった」と話す。

 預けられた子どもたちは成長して大人になった。松橋さんは「預けた親たちは、子どもになんとか助かってほしいと願っていたはずだ」と思う。だから、もし預け先がなければ、どんなに苦しくても心中などせず、懸命に育てたのではないか。「天使の宿」の存在が、自分の生活を守るため、親に子どもを安易に置かせてしまった側面がありはしないか-。

 松橋さんは児童福祉の現場で40年以上働いた経験から、赤ちゃんポストについてこう話す。「子どもにとって、自分のルーツが分からないことほど不安なことはない。長い人生の中でずっと引きずり、乗り越えるのは難しい。子どもの将来に誰が責任を持てるのだろうか」(森本修代)

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