【現地レポート・シリコンバレーの今】〈三菱商事・金属グループの挑戦(下)〉「産業構造の変化注視」 車向け素材の動向にも注目

 鉄鋼業の主力需要産業である自動車業界では「今は100年に一度の変化が起きている」と言われる。100年前に、馬車から自動車(ガソリン車)へ一気に変わったことを例にだし、今はそれ以来の変革期だというわけだ。ガソリン車よりもEV(電気自動車)が早く発明されたにもかかわらず、普及したのはガソリン車だった。ガソリン車に置き換わるのはEVなのか、燃料電池車なのか、ハイブリッドカーなのか、飛躍的に進化したガソリン車なのか…。

 自動車に使われる素材の変化も注目点だ。テスラの自動車は、パネルなどの大部分が鉄ではなくアルミ製だ。グーグルが現在走らせている自動運転試作車「ポッド」は、フロントガラスの部分がガラスではなく透明なプラスチック製となっている。

 米国では年3万3千人が交通事故で亡くなっている。そのうち9割がヒューマンエラーと言われ、質の高い自動運転が実現できれば、その問題は解決できるとみられる。

 車がぶつからなくなったときに素材は何を使うようになるのか?車の中でハンドルを握らなくなったときに、人は移動中をどうやって過ごすのか? シリコンバレーでは、そんな議論があちらこちらで聞かれる。

 シリコンバレーに初めに進出してきた自動車メーカーは欧州勢だった。1995年から2000年にかけて、メルセデスやBMW、フォルクスワーゲンなど。その後、2000年を過ぎてからは日本のトヨタ、ホンダのほか、米国企業でありながらシリコンバレーとは距離を置いていたGMでさえも06年に拠点を開設した。

 グーグルが自律走行車の開発を開始したのが09年。テスラがモデルSを発売したのが12年。トヨタもTRIという研究所を設立し、バーチャルな走行テストを行いながらビッグデータの集積を進めている。

 シリコンバレーに集結した自動車メーカー各社は、テスラやグーグル、アップルなど異質な新規参入者と競合する形で、未来の車づくりを模索している。

 加えて、シェアリングサービスの普及が変化に拍車を掛けている。ウーバーやリフト社の提供するプラットフォームが代表例だが、米国タクシー業界を大きく変えた。レンタカー会社でさえも、レンタカーの利用と共食いになることを承知で、シェアリング・カーの運用を始めている。

 所有から利用へと概念が変わる中で、設計思想も大きく変わりそうだ。

 自動運転では地図情報がソフトウエアの大きなカギを握る。テスラは現在、グーグルの地図情報サービスを利用して自動運転のソフトを作成しているが、近い将来、自社作成の地図情報に切り替える可能性もあるとみられている。

 またテスラは、販売代理店を通さずに直接販売するのが特徴。インターネットで注文する客も多い。代理店は多かれ少なかれアフターメンテナンスに頼って採算を維持しているが、部品が少なく故障が少ないため、代理店網・ディーラー網にとって死活問題になる恐れがありそうだ。(シリコンバレー発=一柳朋紀)

北米三菱商事シリコンバレー副支店長、吉成雄一郎氏/日本のハードウエアの強み/「ソフトと融合で価値向上」

 「ここに2枚の興味深い写真がある。いずれも同じ場所で、ニューヨークの5番街を写したものだ。1枚は1900年当時で、道路に写っているのは、ほとんどが馬車。その中で自動車は1台だけで、ガソリン車のT型フォード。一方で1913年の写真を見ると道路は自動車だらけで、馬車は1台だけ。13年間で、これだけの変化が起きた。破壊的なイノベーション(革新)が起きると、こうした劇的な変化が起こることを示す貴重な写真となっている」

 「アップルが初めてiPhoneを発売したのは2007年。それ以来、世の中にスマートフォンが急速に普及して、スマホなしの生活は考えられなくなった。また、配車ソフトのウーバーは、それまで質が悪くて人々が困っていた米国タクシーの在り方を根本的に変えた。個人対ドライバーの関係性にウーバーのプラットフォームを提供することで、安心・快適・効率的な品質保証を実現したことが支持され、爆発的に広がった」

 「ユーザーエクスペリエンス(ユーザー体験)という概念があるが、ユーザーが困っていることを解決するサービスは、当初こそ法的な議論もあったが、大衆の支持を得て急速に広まる。ウーバーの登場でタクシー会社は何社も倒産したが、タクシー会社で働いていたドライバーは、今はウーバーやリフトを使って、しかも個々人が自由な労働時間で働いている。あるウーバードライバーと会話をした際には『タクシー会社には絶対戻りたくない』と言っていた。新たな働き方が始まっているとも言える」

 「新たな会社が次々に生まれて、人々が働く場を変えていく。そうした新陳代謝が米国の活力になっていると感じる。技術革新によって産業構造の変化は必至。それが社会全体の成長につながっている米国の例に学ぶべき点もあるのではないかと感じる。日本の産業には金属業界もそうだが、ハードウエアの強さがある。それと先端的なソフトウエアを融合することで、ハードの価値を高めることができるのではないか」

© 株式会社鉄鋼新聞社