e-Educationによる最貧国での教育改革

三輪開人氏は、最貧国の教師不足から生じる教育格差の壁を壊し、子どもたちの未来を変えた一人だ。彼と彼の同志である税所篤快氏が立ち上げたNPO法人e-Educationは、教育格差を抱える国や子どもたちにとって、今やなくてはならない存在となっている。(松尾 沙織、河橋 成美、小林 明史=慶応義塾大学文学部1年)

e-Educationを立ち上げた三輪氏(左端)と税所氏(右端)

彼らが活動を始めたのは2010年。アジア最貧国といわれるバングラデシュでは、当時4万人の教師が不足していた。特に地方での教師が足りておらず、教育を受けたくても受けることができない子どもたちが大勢いた。

そのような状況の中、家族の生活を少しでも楽にしたいという一心で大学進学を目指し、街灯の下で必死に勉学に励む子どもたちがいることを知った税所氏は三輪氏を村へ連れていった。貧しい環境でも夢を諦めない生徒たちの現状に胸を打たれた2人は活動を開始した。

税所氏も三輪氏も東進ハイスクールに通っていたこともあり、同社が採用する映像学習のアイデアをバングラデシュでも活用することを思いついた。

バングラデシュの地方に住む子どもたちは、都市の子どもたちと比べ、圧倒的に不便な環境で受験に臨まなければいけない。まずは、その村の高校生に人気講師の授業を収録したDVDを届けたことをきっかけに、e-Educationの活動を始めた。

映像を観た高校生が進学校に入学することができ、その高校生の母親に心から感謝されたことをきっかけに、2人はこの取り組みを途切れることのない事業にしようと決意した。現在ではバングラデシュをはじめ、インドネシア、フィリピン、ラオス、ミャンマーなどで事業を展開するまでになった。

東進ハイスクールでは学生が一人で映像を観る形式をとっているが、e-Educationでは同様の個別学習形式に加えて、学校の授業を活用してクラス全員で映像を観る形式もある。最近になり、家庭の収入によっては一部の生徒からもお金を取るようにしたが、基本的には生徒からはお金を取っていない。学校から費用を得る仕組みにした。

彼らが事業を始めてから今年で6年、提供した映像授業は14カ国15,000人に及ぶ。今も尚、教育を求める子どもたちに「世界最高レベルの教師の授業」を届け続けている。

なぜそこまでして、彼らは他国の教育に尽力するのか。それは、2016年7月1日にバングラデシュの首都ダッカのレストランで起きた人質テロ事件なしには語れない。この事件では、日本人7人を含む20人が犠牲となった。悲しいことに三輪氏の知人も巻き込まれてしまったという。

さらに、武装勢力のうち何人かが難関大学に通う優秀な大学生であったという事実に、三輪氏は衝撃を受ける。その事件が起こるまで、学生やその家族にとって進学することが幸せなことだと三輪氏は思っていた。

しかし、このような教育をきちんと受けた学生が悲惨な事件を起こしてしまった。これにひどく苦しんだ三輪氏は、なぜ学生が抱えている悩みに気づき、支えてあげることができなかったのかと自分を責め続けた。学生たちがテロを起こしたのは、自分のせいでもあるかもしれないとさえ考えた。

そんな落ち込んだ彼を支えたのは、バングラデシュの仲間たちであった。外出もできず、食事も十分に取れない彼に差し入れを持ちこみ、誰もが三輪氏を励まし続けた。そのおかげで元気を取り戻した彼は、バングラデシュ人が持つ「人の力」に気づいた。「ここでバングラデシュの人の温かさに触れたことによって、バングラデシュのことがより好きになった」と言う。

テロで自らの命の危機までも経験し、現地の学生たちの貧困の現状を自分のことのように考え抜き、現地の人たちの優しさに触れたことで、三輪氏は「物事は捉え方次第でピンチをチャンスに変えられる」ということを身に染みて学んだと話す。

そして、テロのネガティブなイメージを払拭すべく、「バングラデシュは人にこそ力がある国だ」というメッセージを、WEBメディア「トジョウエンジン」で発信し続けている。このメディアは、途上国の楽しい・面白い情報を発信するメディアとして、人気を博している。

バングラデシュの人への感謝の気持ちを込め、恩返しとして今日も活動し続ける彼らは、活動を始めてから約150人を難関校へ進学させた。彼らの活動は教育を求める学生の未来を変え続けている。

そして今では、同国政府とも信頼を築き、教材の開発や教師向けのワークショップを行う。まさに、NPOから一国の教育を変えていくことにチャレンジしている。

「映像を観ただけでは教育文化は変わらない。時間をかけて教材をブラッシュアップしながら、何より生徒や先生との関係を築き上げながら、少しずつ文化を変えていく」と三輪氏は前を見据える。

彼らはこれからも最高の教育を届け、途上国の教育現場や学生たちの未来を変えていくだろう。

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