69歳現役!パラ卓球のリビング・レジェンド 別所キミヱ選手(卓球)

今回は、4大会連続となる昨年のリオパラリンピックに日本選手団の中で最年長68歳で出場した『パラアスリート界のリビング・レジェンド』別所キミヱ選手(69歳)が登場。

別所選手と言えば、愛称は『バタフライマダム』。撮影に訪れたこの日も、髪には大量の蝶々が。すると、こんなクイズが出された「今日は何匹着いてると思う?当たったらランチをご馳走します」。一体何匹?

別所選手が住んでいるのは、兵庫県明石市。そこから練習場のある姫路の卓球場までは約40キロ。約1時間弱の距離を自らが運転する車で通っている。
この日の練習中、別所選手が新たに試していたのが、右足の足首を車いすに固定すること。これまでふらふらしていた感じを安定させることで、以前は届かなかった球にも対応しようというのだ。
「私なんて蝶々が止まるようなボールしか打てへんねんもん」。今の別所選手の戦略はズバリ『粘り』。いくら速い球を打っても返ってくるなら、そこで粘って粘って相手に『?』を与える。これまで届かなかった球に対応できたら相手は『?』が増殖してミスをする。小さな微調整が勝負の世界を左右するというのだ。
4時間ほどの練習が終わると、別所選手が立ち寄ったのが、スーパーマーケットの一角のフードコート。お目当ては…1個100円のソフトクリーム。練習の後のお楽しみだとご満悦でした。関西弁で歯に衣着せぬ発言でも人気の別所選手ですが、そんなチャーミングな一面が垣間見られた瞬間でした。

別所選手に2020年の東京パラに向けて『変わりたい事?変えたいこと?』を聞くとー「アホみたいに素振りばっかりしてんねんけど、物足りない。“生きた球”を打てる練習相手が欲しい…もっと練習したい!」69歳になった今も飛翔を続ける『バタフライマダム』が見つめるその先の自分とは?


別所キミヱ(ベッショキミエ)

別所キミヱ選手(卓球)

1949年広島県出身。69歳。
広島県立加計高校卒業、敷島製パン入社後、結婚して兵庫県明石市在住。
39歳で夫が突然の病死。2年後の41歳の時、骨盤の一部に腫瘍が見つかる難病を患う。
二度の手術で生死をさまよう程の大手術を行い、一命を取り留めたが両下肢の麻痺が残り車椅子生活となる。病気から再起し、リハビリのつもりで卓球に取り組んだのが46歳。ラケットを振る時間は体の痛みや障害のことも忘れることができると、熱中。やがて競技力も向上していく。2002年USオープンで優勝すると、女子車いす卓球選手では日本のトップに上り詰め、2004年アテネ大会に56歳で初出場を果たす。2008年北京大会、2012年ロンドン大会では5位。前回のリオパラリンピックでは、日本選手団の中で最年長(68歳)で出場し準々決勝敗退。

PARA☆DO!
フジテレビパラスポーツ応援プロジェクト

PARA☆DO! ポータルサイト
Twitter
Facebook

© 株式会社フジテレビジョン