【世界から】父親がいらなくなる時代

フランスの生命倫理法改正案

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「匿名性廃止になったらドナーになる」と書いた精子ドナーの匿名性廃止を求める市民団体のポスター(C)PMAnonyme

 バカンス明けに、しばらく連絡をとっていなかった女友だちと久しぶりに会い、妊娠を告げられた。彼女は50歳近く。このところ男っ気のなかった人である。

 「良かったねー おめでとう! ところで誰なの、そのパパは?」。驚きを隠しながら、そう聞いた。すると、彼女は何事もなかったかのように「ベルギーに行って、精子提供を受けて妊娠したんだ。だってどうしても欲しかったんだもん」と答えた。

▽厳格な生命倫理法

 現在、フランスで許可されている生殖補助医療は人工授精と体外受精、顕微授精である。第三者から提供された精子や卵子の使用も許されているが、代理母出産は禁止されている。実際の医療は国立病院で受けることができ、国民保険で治療費の一部あるいは全額が保障される。だが、受療条件はまだまだ厳しい。なぜなら、フランスはもっとも厳格な生命倫理法をとっている国の一つだからだ。

 まず、医師から不妊と診断されなければならない。そして、国民保険からの全額保障を受けるためには、女性が43歳以下であることが条件となる。

 第三者から精子・卵子の提供を受ける場合には、ドナー側も年齢や健康状態を細かくチェックされるほか、匿名でなければならない。例えば、「友人の精子」と言うのはNGだ。かつてのドナーは、実際の親となる人と同じ血液型、頭髪と肌も同じ色でなければならなかったという。現在はそこまで厳しくないが、それでもドナーは不足しており、2年ほど待つこともあるという。無償であることがその理由の一つという説もあるが、フランスでは精子・卵子から臓器に至るまでが「人格を持った人間」の一部として考えられており、有償を固く禁止している。

▽精子・卵子ドナーになる条件とは?

 現在、第三者から提供された精子による不妊治療を受けることができるのは、ヘテロセクシュアル(異性愛者)のカップルのみ。そのため、「どうしても子どもを!」と望むシングルマザーやレズビアンカップルは、パリから2時間ほどで着く隣国のベルギーやスペインに行ってドナー精子で授精し、フランスで産むのが普通になってきている。

 ところで、マクロン大統領はシングルマザーとレズビアンカップルにも人工授精を許可することを公約としており、生命倫理法の改正案が来年末に議会に提出される予定になっている。法案作成を担当するシアパ男女平等担当副大臣は「外国に行って不妊治療を受ける経済力を持った人と、そうではない人の間の不平等がなくなるだろう」と言っているが、変わるのはそれだけではないだろう。もはや、子供を産むのに父親は必要なくなることを国が認めることになる。

 実は、その前兆はずいぶん前からあったのかもしれない。20年ほど前、私が出産したころ、周囲の女友だちとの打ち明け話でわかったことだが、「『もう子どもはいらない』って彼には言われたけど、私は欲しかったから勝手にピルをやめて妊娠した」という事後承諾派はかなり多かった。ピルが解禁になったのは1967年。以降、子どもを産むかどうかの選択は女性の手に移ったといえる。

 そして、ここ10年は「産んだら、さようなら」の時代。私の30代から40代のめい4人は皆、出産して数年後に子どもの父親と別れている。そして今後は、父親そのものが必要とされない時代になろうとしている。

 しかし、本当にそれでいいのか? 時代遅れ、コンサバと批判されることは承知の上でだが、本当に、産む前から父親はいらないのだろうか? 私は戸惑う。

 「あなたのパパはね、飲んだくれてしょうがない男で、どこかに蒸発しちゃったのよ」というなら話は別だ。「飲んだくれてしょうがない男」という物語が、少なくともそこには存在する。子どもはそこから自分の出生に関する物語を紡ぎ、「では、自分はどういう人生を歩もうか」と問うこともできる。

 しかし、匿名ドナーでは、それさえもない。父親は不在なのではなく「無」である。

▽「ありがとう」と言いたい

 今年9月のルモンド紙によると、1970年代以降で第三者から提供された精子・卵子によって生まれた子どもたちは約7万人という。そして、大人になった彼らは近年、「匿名をやめてほしい。誰が親なのか知りたい」という声を上げている。親の病歴を知りたい、近親結婚を避けるためという理由もあるが、それだけではない。「どうして精子提供したのか、その理由を知りたい」というものから、「父親のイメージが欲しい」「ただ一言、『ありがとう』と言いたい」という人まで…。

 彼らが求める「自分の出自を知る権利」については、欧州人権条約として知られる「人権と基本的自由保護のための欧州条約」第8条に含まれるとして認めた判例が出ている。ところが、フランス政府はドナーが減少することを恐れて、今も匿名性に固執している。しかし、どうだろう? イギリスは2005年にドナーの匿名性を廃止したが、それによって提供数は減らなかった。変わったのは(1)提供者の年齢層が上がったこと(2)責任感の強い男性がより多くなったこと―だという。

 もはや、「これがフツーの家庭」というモデルがない時代になったことは大きな進歩だと思う。しかし、自分のルーツを知りたいという子どもたちの思いは、そう簡単になくならないように思える。生命倫理法改正が、子どもたちの視点からも論議されることを期待したい。(パリ在住ジャーナリスト プラド夏樹=共同通信特約)

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