子を虐待してしまう…?赤ちゃん部屋のおばけとは

わが子がかわいく、大切に育てているはずなのに、イライラとした怒りが押さえられず、衝動的に手をあげてしまった……。

かわいいわが子なのに手をあげてしまう……育児中のストレス

子どもを叩いてしまった経験のある母親のすべてが、子どもを嫌っているわけではありません。

しつけであっても子どもへの暴力は決してしてはいけないことですが、つい子どもに手をあげてしまったことがあったとしても、多くの方は、子どもに恵まれたことに感謝し、子の幸せを願って子育てに取り組まれているのではないでしょうか。

それなのに、子どもが泣き叫ぶ声を聞くとなぜか苛立ちが止められなくなり、攻撃的な行動をしてしまう……。そして、落ち着くと「なんてひどいことをしたのだろう」と自分を責めている方は少なくありません。

そんな複雑な心理には「赤ちゃん部屋のおばけ」という現象が関係しているかもしれません。

「赤ちゃん部屋のおばけ」とは、米国の児童精神科医 フライバーグによる言葉ですが、もちろん、怪奇現象とは何の関係もありません。では、「赤ちゃん部屋のおばけ」とはどのような現象なのでしょう?

子どもへのイライラが止まらない……幼少期の体験と子育ての関係

赤ちゃんと2人きりで密室の中で過ごしていると、絵にかいたような「安らかな育児」などありえません。多くの母親が、抱っこしてもあやしても泣き続ける子、片づけたそばから汚していく子に苛立ち、叫びたくなるような心境を覚えているものです。

しかし、多くの母親は「思い通りにいかないのが子育て」と割り切り、家族に頼ったり、ママ友と相談しあったり、サポート資源を活用したりしながら、適度に子育てをしています。

そんな大らかさやバランス感覚を持てるのも、過去に苛立ちや葛藤を受容され、物事を深刻に考えなくていい、周りの人に相談しながら適度な範囲でやればいいと教えられた経験を活かせているからなのかもしれません。

一方、幼少期に虐待などのつらい仕打ちを受けた方の中には、人にうまく頼ることができず、また、周囲の人に心を開いて相談できない方もいます。こうした場合、育児ストレスを上手に解消することができず、1人で悩みながらむずかる赤ちゃんと対峙し、密室の中で頭を抱えてしまうことがあります。

衝動的に子どもを叩いてしまう……虐待してしまう親の心理

上のような状況のなか赤ちゃんと2人きりで過ごしていると、子どもから敵意を向けられているように感じられたり、子どもが母親の愛情を利用してわがまま放題をしているように思えてしまうことがあります。

すると、「私がこんなに頑張っているのに、どうしてあなたは私を困らせるの!?」「幼い頃の私より何倍も幸せなはずなのに、これ以上何をしてほしいの!?」と思考が極端な方向に暴走していくことも。

そして怒りの感情を止められず、とっさに赤ちゃんを攻撃してしまう……。こうした現象を「赤ちゃん部屋のおばけ」と呼びます。まるで、部屋の中に潜む「おばけ」に取り憑かれて、赤ちゃんを攻撃してしまったかのように感じられるためです。

では、こうした「赤ちゃん部屋のおばけ」に至る危機を感じたとき、どうしたらいいのでしょう?

「このままでは虐待してしまいそう」と感じた時は、胸の内を話すことが大切

幼少期に虐待などのつらい経験を持つ方は、「私は自分の親とは違う」「自分がされたようなことは、絶対に繰り返さない」と心に決め、子育てを始められたことと思います。

しかし、密室の中でむずかる子どもを目の前にすると、なぜか自分がされたことをわが子に繰り返してしまう――。そんな思考と行動の矛盾に苦しんでいるのではないでしょうか?

こうした矛盾が生じる背景には、“いいお母さん”になろうとして頑張りすぎていること、身近に気持ちを受け止めてくれる人、育児を助けてくれる人がいないこと、また、つらい幼少期の記憶が子育てを通じて思い出され、冷静さを保てなくなることなどが関係していると思われます。

とはいえ、自分一人で自分の心理を分析し、軌道を修正するのはなかなかできることではありません。したがって、ぜひ早めに専門家に相談し、支援を受けることをお勧めしたいと思います。

育児の悩みや辛さは抱え込まず、相談窓口に電話を

いちばん身近な相談窓口は、地域の保健センターです。その他にも、最寄りの市区町村の児童保健福祉課、子育て支援センター、県の児童相談所が相談に対応しています。

また、虐待予防や子育て支援を専門とするNPOなどにも電話相談窓口があります。こうした窓口に電話をすれば、何らかのアドバイスをもらえたり、カウンセラーや医師の面接を案内されたり、支援サービスにつなげていただけたりします。

もちろん、夫や友人や知人に気持ちを聞いてもらうことで楽になれるなら、それに越したことはありません。しかし、一時的に楽になっても、具体的な解決につながらないこともあるかもしれません。また、身近な方がいつでも効果的なアドバイスをしてくれるとは限らず、逆に責められ、傷つけられてしまうことがあるかもしれません。

自分の気持ちを整理し、何に困っていて、どんなサポートが必要なのかを知るためにも、専門相談窓口で相談し、支援情報を入手するのはとても有効です。周囲の方に「赤ちゃん部屋のおばけ」の危機を感じたときにも、ぜひ上のような身近な相談窓口を調べて、紹介していただければと思います。

(文:大美賀 直子(精神保健福祉士・産業カウンセラー))

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