【第6回(スイス)】家族が魂の安らぎ

喜劇王、秘めた葛藤

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スイス・ブベイにある「チャップリンの世界」博物館で、映画を楽しむろう人形のチャップリン夫妻とポーズをとる息子ユージン(後列右)(撮影・澤田博之、共同)

 1952年、世界で名声を確立した喜劇王チャールズ・チャップリンは米ニューヨークからロンドンへ向かう船で、一通の知らせを受け取る。米当局が再入国許可を取り消したという事実上の国外追放処分だった。

 ソ連との冷戦下、「赤狩り」が吹き荒れる米国で、チャップリンは共産党シンパとの疑いを抱かれていた。第1次大戦で米国の戦時公債の販促に協力し、映画「独裁者」でヒトラーと闘った自分への理不尽な仕打ちに、怒りがこみ上げる。

 「米国から受けた侮辱と、もったいぶったその道徳面には飽き飽きだ」(チャップリン自伝)。ハリウッドで頂点を極めた喜劇王が、米国と決別した瞬間だった。

 

 

▽受け継いだ才能 

 「父の人生は三つに分けられると思う」

 スイスのレマン湖ほとりの小さな町ブベイで、チャップリンの息子ユージン(63)が語った。極貧にあえいだロンドンの子ども時代、約40年暮らし成功をつかんだ米国時代、そして米追放後、77年に亡くなるまで住んだブベイ時代だ。

 ユージンは、チャップリンと妻ウーナの間で、5番目の子としてブベイで生まれた。

 喜劇王の子や孫には、映画や演劇の道に進んだ者が多い。ユージンもサーカスの世界に引かれた。だが、人を笑わせるセンスは、ユージンには受け継がれなかった。「必要な才能に欠けていることを間もなく悟った」

 父は落胆のそぶりも見せず、こう語った。「いいかい。何でも真剣に取り組むんだ。怠けないことが大事だ」

 ユージンは後に、音響エンジニアとして才覚を示す。父からは音楽の才能を授かったらしい。最初に手がけた録音は、英国のスター「ローリング・ストーンズ」のアルバムだった。

スイスのレマン湖ほとりの小さな町ブベイの街並み。壁面いっぱいにチャップリンの肖像が描かれたビルが2棟立つ(撮影・澤田博之、共同)

 

▽米国への愛憎 

 ブベイでも、チャップリンは米国の新聞を読んだ。72年、米アカデミー賞名誉賞に選ばれ、20年ぶりに訪米する。米国追放に対するハリウッドからの事実上の謝罪で、総立ちの喝采がチャップリンを迎えた。

 だが、受賞者に笑顔はほとんどなかった。「父は授賞式出席を嫌がっていた。母の説得でやっと折れたんだ」。自分を育て、そして追放した国への愛憎がいかに複雑だったかをうかがわせた。

 喜劇王の秘めた葛藤が、世代を超えて迫ってくるシーンがある。ユージンが「あいつは才能がある。顔も父に似ている」と評するチャップリンの孫の一人ジェームス・ティエレ(42)。日本で今年公開のフランス映画「ショコラ~君がいて、僕がいる」に出演した。

 映画は、20世紀初頭のパリで大成功した白人と黒人のお笑いコンビが主人公。コンビ解消後、ティエレ演じる失意の白人芸人が発する問いが胸に刺さる。「笑いで生きるのは楽だと思うかい?」。祖父の人生と孫の演じる芸人の心情が、図らずも交錯し響き合う。

フランス映画「ショコラ~君がいて、僕がいる」の一場面。チャップリンの孫ジェームス・ティエレ(左)は白人芸人役で出演した(ⓒ2016Gaumont/Mandarin Cinema/Korokoro/M6Films)

 ▽かつての居室で

 米国時代、著名人として好奇の目にさらされたチャップリンの生活は、ブベイで一変した。「スイス人は慎み深い。そっとしておいてくれた」。喜劇王は気兼ねなく散歩を楽しみ、買い物や散髪に出かけた。

 チャップリンを何より笑顔にさせたのは、家族の存在だ。ユージンが2002年に製作した記録映画「チャーリー・チャップリン~マイ・トリビュート」に家族が撮影した多くの映像が収録されている。往年のパントマイムを披露する姿。妻と8人の子どもたちを連れて旅する姿。自宅の庭でくつろぐ姿。家族や友人に囲まれた喜劇王は、心の底から笑っていた。

 「父はここで魂の安らぎを感じたと思う。それは米国では決して得られないものだった」

 ブベイで一家が暮らした邸宅は16年4月、「チャップリンの世界」博物館に生まれ変わった。米国で初めて交わした契約書など貴重な資料も展示されているが、大部分は喜劇王の人生や作品を、ろう人形や映像でたどるテーマパークだ。「4歳から90歳まで笑って楽しめる、世界でここだけのチャップリン博物館よ」と広報担当のアニク・バルブザペランは言う。

 「父から学んだ最大のものは、ヒューマニズムだ。父は人間を無条件で愛した。人間同士の争いに心を痛めた。その精神が、博物館には受け継がれている」とユージン。最も好きな父の作品は「街の灯」だという。

 「博物館であなたと両親の写真を撮りたい」と頼んでみると、ユージンは快諾してくれた。邸宅の2階、ろう人形のチャップリン夫妻が映画を楽しむ部屋は、ユージンのかつての居室だった。

 息子が両親の脇に笑顔で立つ。壁には、談笑する家族の写真が所狭しと並んでいた。(敬称略、共同通信・軍司泰史)=2017年02月15日

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