出稼ぎで中国に不法滞在の北朝鮮労働者を秘密警察が連れ戻す

北朝鮮の一般庶民にとって、海外に出ることは一生に一度あるかないかのビッグチャンスだ。海外で買い付けた商品を北朝鮮の市場で売れば、かなりの儲けになる。また、定められた滞在期間を過ぎても帰国せずに働けば、北朝鮮では考えられないほどの収入が得られる。

ところが、突然逮捕され、北朝鮮に連れ戻される人が増加傾向にあるという。「中国でオーバーステイしている私事旅行者(親戚訪問目的の旅行者)を逮捕せよ」という北朝鮮当局の指示に基づくものだ。

中国のデイリーNK対北朝鮮情報筋によると、平壌出身の50代女性が10月末、中国吉林省延辺朝鮮族自治州の延吉で逮捕された。

逮捕したのは中国公安当局ではなく、北朝鮮の国家保衛省(秘密警察、以下保衛部)の要員だ。

平壌市龍城区域に住んでいたこの女性は5年前、商売の種銭を親戚から借りようと中国に向かった。ところが、当てにしていた親戚はすべて韓国に出稼ぎに行ってしまっていた。そのまま帰国するわけにもいかず、女性は意を決して職業紹介所へ行き、家政婦の仕事を得た。

痴呆症の老人の家で家事をして、月3000元(約5万2000円)を稼いだ。給料はブローカーを通じて平壌の家族に送金した。働けば働くほど儲かることに気づき、帰国せずに働き続けた。

中国に親戚がいる人は、朝鮮労働党、保安署(警察署)、保衛部に最低500ドル(約5万6000円)のワイロを支払えば、中国に滞在できる出国ビザが取得できる。

有効期間は60日だが、最高で9ヶ月延長できる。しかし、中国で働けば北朝鮮では考えられないほど儲かるため、この女性のように、家族を食べさせるために不法滞在する人が後を絶たないのだ。

ところがある日、北朝鮮からやって来た保衛部の要員に逮捕されてしまったのだ。要員は、期限を過ぎても帰国せず中国に居続ける人に狙いを定め、動線を見極めて逮捕に踏み切る。

たとえ自国民でも、よその国の領土で逮捕することは主権の侵害にあたるが、中国公安当局が協力している可能性は否定できない。

平安南道(ピョンアンナムド)のデイリーNK内部情報筋によると、私事旅行者が帰国しなければ、所轄の保衛部は上部から責任を問われる。

そのため、丹東や延吉に要員を派遣し、強制的に連れ帰るというわけだ。無理やり北朝鮮に帰国させられたこの女性には、過酷な運命が待ち受けている。

帰国後は、保衛部に連行され、厳しい取り調べを受ける。単純に出稼ぎ目的だと判明すれば、労働鍛錬隊(軽犯罪者を収監する刑務所)送りとなり、6ヶ月ほど刑に服することになる。

しかし、中国でキリスト教関係者や韓国人と接触したことが明らかになれば、収容所送りになる可能性すらある。さらには、中国で苦労して稼いだカネをすべて罰金として取られてしまうこともある。

一方、中国公安に逮捕された場合は、オーバーステイ期間1年あたり1万元(約17万3000円)の罰金を取られた上で、国外追放となる。保衛部に身柄を引き渡されるので、過酷な運命が待ち構えていることには変わりない。

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