道具不足、球場不足…課題山積みも急成長続けるパキスタン野球の現在

U15アジア選手権での試合後、互いの健闘を称えあうパキスタン代表と日本代表選手たち【写真:Getty Images】

U15アジア選手権で唯一日本から得点を挙げたパキスタン

 パキスタンは近年、野球で急成長を遂げている国だ。男子だけではなく女子野球も行われ、国際大会に参加する機会も増えてきた。選手たちが着実に成長する一方で、国内での課題は山積みだ。

 パキスタンは国際大会に積極的に参戦している。最近では今年2月の西アジアカップ(パキスタンや近隣諸国が参加)をはじめ、10月に台湾で開催されたアジア選手権、そして11月に静岡・伊豆で行われたU15アジア選手権と、他国との試合を通じて実戦経験を積んでいる。

 代表チームの指揮官に海外出身選手を登用する場合もあり、渡辺博敏氏(元阪神)をはじめ、イランや香港チームを率いた色川冬馬氏など日本人指導者も関わってきた。現在はパキスタン野球連盟のシャー会長の主導で近隣諸国と連携し、南アジア地域の野球を盛り上げているが、国内に存在する球場はわずかに2か所のみ。普段の練習は、ほとんどがクリケット場やサッカー場で行われている。また、パキスタン国内の平均月収は2万円程で、野球道具一式を揃えることは経済的に難しい。そのために他国からの寄付や連盟関係者が海外に出向いて購入しながら、なんとか道具を集めている状況だ。

 だが、道具が少ない中でも国内には、たった1つではあるが野球アカデミーが存在する。パキスタン野球連盟直営アカデミーは、国際大会に参加する代表チームに毎回選手を輩出している。去るU15アジア選手権では全18人中9人がアカデミー出身者だった。

 11月1日から5日間にわたって行われたU15アジア選手権(6の国と地域が参加)では、来年から本格的に導入される新たな軟式ボール「Mボール」が試験的に使用された。今大会への参加が決まったパキスタン代表は、大会1か月前から選手選考も兼ねた合宿を行ってきた。しかし、パキスタンには軟式野球の文化がない。持っているのは硬式野球用の道具ばかり。チームは大会規定に合ったバットを集めるという“壁”にぶつかった。万事休すと思われたが、今回チームの団長として来日したシャー氏(パキスタン野球連盟会長の息子)が以前から親交がある日本人を頼り、大会前日に10本のバットを集めることに成功した。

 なんとかバットを揃えたものの慣れない軟球への対応は難しい。台湾と韓国、フィリピンとの3試合では、投打の歯車がかみ合わず3連敗。そして大会4日目、対戦相手に世界ランキング1位の日本を迎えた。パキスタンは台湾、韓国戦では合計25失点したが、第3戦フィリピン戦で4得点を挙げた。チームは初得点で勢いに乗っているとはいえ、強豪の日本戦を前に選手たちは萎縮していた。メンバーは大幅に入れ替わっているが、実は前回大会の日本戦では0-20の3回コールド負け、チームは7失策を犯す散々な結果に終わっている。緊張の様子を見かねたコーチ陣は選手たちを集めて試合前日の午後9時から2時間、素振りを敢行した。その時、コーチの1人であるウスマン・アザム氏は選手たちに次のようなメッセージを送った。

日本戦を前に緊張する選手たちにコーチが送ったメッセージとは…

「次に対戦する日本は強い。それは君たちもわかっていることだと思うが、決して萎縮してはいけない。日本に俺たちのファイティングスピリットを見せてやろうじゃないか。最後まで諦めずにプレーしよう」

 この言葉を聞いた選手たちは奮起し、暗闇の中で黙々とバットを振った。そして迎えた試合当日、初回に本塁打で2点を失った直後、パキスタンは相手失策をきっかけに2死二、三塁のチャンスを作った。すると、この日は「5番・中堅」としてスタメン出場した左腕エースのアミン・ジーシャンが適時打を放ち、あの日本から得点を挙げた。その直後、パキスタンはまるで優勝したかのような喜び方で勢いに乗った。エンタイトルツーベースでもう1点を加えたものの、試合は2-15の5回コールドで敗れた。それでも日本から2得点を挙げたことは、パキスタンにとって歴史的な出来事となった。

 敗れたが選手たちの顔はにこやかだった。日本から挙げた2点は、選手たちの大きな自信となり大会最終日の香港戦では、前日に打点を挙げたジーシャンが先発マウンドに上がり、1安打10奪三振で完封。チームは10-0のコールドで大会初勝利を飾った。最終成績は1勝4敗で、チームは敢闘賞、一塁を守っていたアブドル・マリクは大会オールスターに選出された。

 大会終了後、チームの団長を務めたシャー氏は日本に残り、パキスタン野球を支援する企業や団体を募っているという。シャー氏によれば野球連盟主導でユニフォームやキャップを手配しているものの、スポンサーがおらず経済的に苦しいという。その影響もあって道具調達が思い通りに進んでいないため、寄付に頼るしかないそうだ。

 課題が山積みでも、U15アジア選手権で日本から得点を挙げたのはパキスタンしかいない。粗削りながらも運動能力の高さをみせた選手たちは、まだまだ伸びる可能性を秘めている。そのために日本をはじめ、他国の協力は不可欠だ。シャー氏は今後の展望について次のように話している。

「今、日本のチームに推薦したい選手が10人いる。彼らが日本の学校やチームに入って経験を積めれば、帰国後に得たものを還元できると思う。そのために、私をはじめパキスタン野球連盟はどんなことでも挑戦する。ぜひ日本と共に野球発展を目指したい」

 パキスタンは来たる12月8日から10日までドバイでインドとの交流試合を控えている。これはドバイでの野球普及を目指してのものだ。今後もパキスタンは自国の野球発展と同時に、南アジアのリーダーとして近隣諸国をけん引していく。

(Full-Count編集部)

© 株式会社Creative2