都会を離れて(2) 「U30のコンパス」やりたいことに出会う   よそ者が気付く貴重な文化

 

 

 2011年春、長野と愛知の県境に近い山村に、青白い顔をした青年がやって来た。青春を共に過ごしたギターを手にバスから降りると、出迎えた役場職員に無愛想にあいさつした。

  石井峻人 (いしい・たかひと) さん(31)は今、愛知県設楽町の郷土館が保管している文化財を整理しながら、貴重な地域文化を残していこうと奮闘している。「ここで、やりたいことがあるんです」。5年前には想像すらしていなかったせりふを口にした。

 千葉県鎌ケ谷市の地元では音楽漬けの日々を過ごし、プロを目指した。資金集めのためホテルで働き、毎晩酒を飲んでは終電を逃す。楽しい半面、将来は見えなかった。

 そんな時、山村でボランティアを募る広告を電車内で見掛けた。田舎に憧れはなく「どうせすぐ戻る」と受けた試験はなぜかあっさりパスした。

 山奥の一軒家で始まった孤独な田舎暮らし。ある日、お隣に回覧板を届けに行くと、玄関先の箱の中に見たこともない物が転がっていた。

 「何ですかこれ?」
 「知らないの? ジャガイモの種。持って行ってみ」

 興味のまま土を掘り返していると、気に掛けて見に来てくれた。一つのつながりが、1人、また1人と広がっていった。

 行政の事業の一環で関わった、住民の話を聞いて回る「聞き書き」。訪ねた90軒余りのうち、多くの人が既に亡くなった。700年以上受け継がれる「花祭」も、仕切る人がいなくなれば途絶えてしまう。

 「よそ者だからこそ、残すべき大切なものに気付く」。たどり着いた思いが今の自分を支える。

 

 

 目立つことは好まれない。休日の日中、縁側でビールを飲んでいたら「若者が何事か」と騒ぎになったことも。今はカルチャーショックも楽しめるようになった。

 1月初旬。夜を徹した花祭で、住民に交ざり声を張り上げる。子どもも大人も一緒に汗をかく光景に「ここに居着いちゃう理由、何となく分かるでしょ」。氷点下の空に、熱気が伝わる。(共同=根本裕子29歳)

▽取材後記
 ボランティア募集の広告をきっかけに、県境の山村にやってきた石井さん。でも初めて会ったときの印象は「ボランティアとか縁がなさそう」。失礼を承知でご本人に尋ねてみると、「うん、全然好きじゃない」。やっぱりね。 じゃあ何でこの人はここに居着いてしまったんだろう―。そんなハテナを頭に浮かべながらの取材だった。

 何度か通うと、少しずつ石井さんの足跡が見えてくる。畑をしたり、郷土館新聞を発行したり、斬新なイベントを企画したり…。10万点もの貯蔵品を説明できるように努力している〝裏の顔〟も。年初にあった「花祭」に参加し、はじけた石井さんを見て、答えを見つけた気がした。

 目立つことをすると、伝統の根強い地域では攻撃されることもあるだろう。でもそれはきっと、石井さんがしっかり足跡を残しているから。存在の大きさの裏返し。そうやって段々と、地域に溶け込んでいく。そんな石井さんが「転勤族」の私にはちょっとうらやましい。

【一口メモ】丸裸でぶつかっていく

 

 新しい風を吹かせようとする青年に、田舎は優しいばかりではないらしい。自信を持って出した意見の半分は却下される。春には4人家族になるが、町の嘱託職員という立場では将来の展望も開けない。「1人ずつ、理解者を増やしていくしかない」。ここでは、いくら自分を飾ってもすぐにばれてしまうという。丸裸でぶつかっていく背中にエールを送りたい。
(年齢、肩書などは取材当時)

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