結婚、2人の事情(1) 「U30のコンパス」選んだのは遠距離結婚   仕事も大事、将来に焦り…

結婚しても2人で働き続けることが普通になった。でも世の中には乗り越えるべき壁もまだ多い。留学する妻を支えるため、育児休暇を取って渡米した会社員。仕事を続けようと遠距離結婚を選んだ夫婦。交際相手に実家の寺は自分が継ぐと宣言した女性。自分らしさと現実との間で揺れながら、それぞれがたどり着いた生き方を描く。

 

 

 

 日曜の夕方、人混みであふれかえるJR新大阪駅。「またね」。改札を挟んで、新婚の夫と手を振り合った。会えない時間がまた始まる。帰京する新幹線で過ごす約2時間半、寂しさを仕事への活力に変えていく。

 今春で社会人6年目を迎える 藤本香奈 (ふじもと・かな) さん(28)。東京・丸の内のオフィスビル街で、弁護士事務所の秘書として働いている。学生時代に知り合った夫 貴志 (たかし) さん(28)とは昨年末に籍を入れた。

 銀行員の夫は、3年前から大阪で勤務している。同居できないと分かっていながら夫との結婚を選んだのは、仕事の都合を考慮すればいつまでも夫婦になれないからだ。

 「結婚も仕事も大事。片方を言い訳に、もう一方をおろそかにしたくない」。努力家で負けず嫌いなのは昔から。浪人生活を経て名門と言われる私立大を卒業した。学歴への自負や育ててくれた両親への感謝もある。

 新卒で金融会社に入り、2014年夏、学生時代に身に付けた英語のスキルを生かしたくて転職した。担当弁護士は外国企業の買収など国際的な案件に強い。香奈さんも、クライアントとのメールのやりとりは英語だ。工夫次第でいくらでも力を発揮できる職場に、感じるやりがいは大きい。

 月2回の週末、互いの家で「夫婦らしく」過ごすのがルール。手料理を振る舞ってあげたり、一緒に映画観賞やランニングをしたり。親戚や友人から「いつ一緒に住めるの?」とよく聞かれるが、笑って受け流すのが精いっぱいなのも本音だ。

 夫が数年のうちに関東近郊へ転勤する保証はなく、同居の見通しは立たない。学生時代の友人たちは出産ラッシュ。「いつかは子どもが欲しいけど今じゃない」。でも、先が見えない現状に少しだけ焦りも感じている。

 仕事に疲れた帰り道、LINE(ライン)でカエルのスタンプを送る。「無事帰ったよ」の意味を込めた毎晩の決まり事。深夜、夫からも同じスタンプが届く。「貴志も頑張っているんだ」と張り詰めた気持ちが和らいだ。(文中仮名、共同=石田理絵28歳)

▽取材を終えて
 一般的に「別居婚」という方がなじみがあるかもしれないが、遠距離恋愛の延長線上にいるような新婚夫婦の雰囲気を伝えたくて、あえて「遠距離結婚」という言葉を使った。取材した藤本夫婦は互いに良きパートナーだ。妻の香奈さんから話を聞くほど、互いに敬意を抱いている素敵な関係性が伝わってきた。

 仕事を続けたいという妻の意思を尊重し、当面の別居を選んだ夫婦は結構いる。背景にあるのは夫の理解。夫は単に妻の都合を許容しているだけでなく、熱心に働く姿を誇りに思う気持ちも強いのではないか。夫側から遠距離結婚を描けば、また異なる本音が浮かび上がるかもしれない。

 結婚や出産、キャリアに関する漠然とした不安。口に出したくないし、指摘されたくない女性は多いはずだ。私も同じだから。でも共通した悩みを持つ女性の体験談を聞くだけで少し気持ちが楽になる。プライドや葛藤まで吐露してくれた香奈さんに感謝を伝えたい。

【一口メモ】強気支える夫の理解

 強気にみせても働く女性は不安でいっぱいだ。仕事上の役割や責任は重くなる一方なのに、親から結婚や出産をせかされ、インスタグラムで知る友人の近況に心を揺さぶられる。それでも香奈さんは弱音を吐かない。夫の理解が支えになっているのだろう。不安を受け止めてくれる誰かがいるなら、まずは思い切り働くのも悪くない。生き方に正解はないのだから。
(年齢などは取材当時)

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