研究の現場で(1) 「U30のコンパス」五感全てで火山調べる   観測所に常駐狙う院生

 ちっぽけな化石のかけらの向こうに、博物館員は太古の世界を思い描く。物理学者は、宇宙論の先に人間への興味に行き着いた。火山の雄大さに魅了された大学院生は、観測所で暮らすことが目標だ。研究の道に進むきっかけはさまざま。日が当たるかどうかなんて気にしない。それぞれの分野で夢を見つけ、一歩一歩進もうとする姿を届ける。

 

 

 「で、でかい…」。直径約200メートルの火口の縁に立つと、ため息が漏れた。北海道・有珠山の銀沼火口。火山灰が積もった急斜面を滑り降りると、火口の底ではシューシューと水蒸気が噴き出す。硫化水素の臭いが鼻をかすめ、足元の地面から熱が伝わる。「ばかっぽいけど『火山ってすごい!』っていうのが第一印象。なんでこんなにダイナミックなのか知りたくなった」

 北海道大大学院の 田中良 (たなか・りょう) さん(26)は、火山研究者を目指す博士課程の学生。地震や地磁気などの観測データから、火山内部の水や熱の動きをシミュレーションする研究をしている。埼玉県出身で、2008年に北大に入学。3年の夏に実習で訪れた有珠山の風景に感動し、研究室は迷わず火山の分野を選んだ。

 データ解析や論文の執筆で室内にいることも多いが、山で作業できる夏の間は全国を飛び回る。浅間山では計器やバッテリーなど計30キロを担ぎ、空気の薄い山頂を1週間歩いた。十勝岳では火山灰と岩がコンクリートのように固まった地面をスコップで6日間掘り、新しい観測点を作った。観測は体力勝負だ。

 収入は奨学金と仕送りで月14万円。家賃6万円と生活費でぎりぎりだがバイトする時間はない。「学生を続けるのはしんどいけど『早く一緒に仕事しよう』と言ってくれる先輩たちの期待に応えたい」。うまくいけば本年度で博士号が取れる。

 将来は大学教員になり、火山観測所に常駐して研究を続けたい。噴火の被害を出さないために、火山周辺の行政や住民と「顔が見える関係」を築くことは大切だ。有珠山の00年噴火では、常駐の研究者と地元が良好な関係だったために連携がうまくいき、犠牲者が出なかったとされている。

 毎日暮らしていれば、ちょっとした変化に敏感になれるかもしれない。住民が噴火前、井戸水の変色や地震の急増に気づいたことも過去には多く報告されている。「噴火は必ず起きるもの。五感全てで研究し、しっかり準備したい」(共同=海老原佳帆26歳)

 

 

▽取材を終えて
 日焼けしていてガッチリ体型。白い歯を覗かせてニカッと笑う。風貌はやや「山男」という感じだが、話すと論理的で頑固なところは研究者っぽい。田中さんとは大学の同期で、私自身も数年前まで火山学を専攻する学生だった。

 取材で火山の魅力を語る彼の言葉にひとしきり共感した後、研究者を目指すのもアリだったのかなあと選ばなかったほうの生き方に思いをはせたりした。博士課程に進学して学生を続けるのは金銭的に厳しいし、将来ポストに就けるのかという不安もある。でも、未知の真実に一番乗りする高揚感を味わえる研究者の仕事は、最高に夢とロマンがある。好きなもののことは世界で一番よく知っていたいし、一番最初に知りたい。そういう感覚だ。

 日本は狭い国土に世界の活火山の約7%が集中しているが、火山研究者の少なさは「40人学級」と揶揄される。おととしの御嶽山噴火をきっかけに人材育成が急務だと声高に叫ばれるようになり、「噴火予知」のキーワードとともに研究が注目を浴びる機会も増えた。

 田中さんに取材をお願いした際、「研究者になったらマスコミを通じて情報発信することもあるから、その練習だと思って話すよ」と言われた。研究の成果や、研究者ががんばる姿を伝える仕事がしたくて記者になった私は、それを聞いてうれしかった。彼が伝えたかったことは書けているだろうか。

【一口メモ】成果、防災に生かす決意

 熊本地震のニュースを見て、田中さんは唇をかんだ。地震と同様に火山噴火も災害を引き起こす自然現象。正直、研究のモチベーションは学問への純粋な興味からだが、防災という社会的要請の大きさも理解している。「成果を防災につなげるのは義務だと思う。それでお金をもらっているんだから」。夢やロマンだけでは、火山とは向き合えない。
(年齢、肩書などは取材当時)

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