【特集】楽園の闇、果てしなく(2)

パラダイス文書取材体験記

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死亡したマルタの記者、ダフネ・カルアナガリチアさん=2011年4月、マルタ(ロイター=共同)

 ▽抜け目ない外国企業

 パラダイス文書では、日本企業による露骨な租税回避策などを示す文書はこれまで見つかっていない。一方でアップルやナイキ、スターバックスなど世界の大企業は納税を「コスト」と考え、各国間の課税制度の違いなど「抜け穴」を見つけたり、新たな租税回避策を考案したりしては「少しでも納税額を減らせるように」と節税に励んだ実績が浮かび上がった。

 この違いは何なのか。国際課税に詳しい公認会計士の佐和周氏は「日本企業がタックスヘイブンに会社を持つ理由は、ビジネスへの法規制が緩いことか、海外企業を買収したときに、その買収先が子会社を持っていたケースが多い。大企業は世間体を気にしている。今どき節税目的に会社をつくることはないのでは」と解説する。

 ほかの専門家を回ると「日本の企業で国際課税に詳しい専門家が育っていないことも原因では」という指摘が聞かれた。

 それだけに、企業間の猛烈なグローバル競争に勝ち抜くためアップルなど外国の巨大企業がいかに抜け目なく行動しているか。利潤蓄積の最大化を図ろうと各国の税務当局とせめぎ合う大企業の一面を実感した。

 ▽楽園の深い闇

 記者は、ある日突然「その筋の専門記者」になることが求められる。大地震に遭遇すれば、その日から災害取材の専門知識が求められる。パラダイス文書報道に当たっても、応援を命じられた日からタックスヘイブンに関する書物を読みあさった。

 これまで「タックスヘイブンは大企業と大金持ちが関わること」という程度の認識で、自分の問題意識に引きつけて考えたことはなかった。だが、今回の取材に携わり、にわか勉強ながらもこの世界を知るほど、世界中の市井の人々に深刻な影響を与えている問題だとあらためて認識した。

 経済協力開発機構(OECD)は、企業がより税率の低い地域へ利益を移すことで世界の法人税収は年間4~10%(11兆~27兆円)失われていると推計している。専門家からは「この数字は控えめだ」との指摘もある。つまり、これだけの税収が各国の国庫から漏れ出し、必要な社会福祉やインフラ整備の財源が奪われていると言える。

 OECDは6月、税源移譲と利益移転(BEPS)防止措置条約の署名式を開き、企業への適切な課税を実行するルール作りを進めている。国連も税源確保を途上国の貧困問題解決策の手段として重視している。

 11月6日(日本時間)に指定されたパラダイス文書の解禁日前に、ICIJから送られてきた本記(パラダイス文書のあらましを説明した記事)に胸を締め付けられる思いがした。

 西アフリカにある最貧国のひとつ、ブルキナファソ。人々の年収は英領バミューダ諸島での会社登記費用より少ない。税務署のエアコンは壊れたまま。そんな国でスイスの資源商社グレンコアは未払いの税金と罰金2900万ドルを請求されたが、抗議して150万ドルに減額させた―。

 金持ちはより金持ちに、そして貧しい人はより貧しく。

 そんな憂うべき現状を追認しているのが、タックスヘイブンと各国の課税ルールの隙を突いた過度な節税策だ。

 今回のパラダイス文書で分かったのは、おそらくこうした問題のごく一部だ。タックスヘイブンが集まるカリブ海の「楽園」の光がまぶしいほど、その「闇」は果てしなく暗く、どこまでも続いているのだろう。

 最後にやはり、彼女の件には触れざるを得ない。パラダイス文書取材が佳境にさしかかった10月中旬、悲報が飛び込んできた。パナマ文書報道に携わった地中海の島国・マルタの女性記者、ダフネ・カルアナガリチアさんが乗用車ごと爆破され、殺害された。

 彼女はパナマ文書報道以外にも政治家を厳しく追及する数々の記事を出しており、事件が同文書に直接関係していたかは、現段階では分からない。だが、ごく一部の富裕層だけを利する現状を変えようとする動きを妨害する勢力は、これからも出てくるだろう。日本での記者殺害は1987年の朝日新聞阪神支局襲撃、2003年に東京で起きたフリー記者刺殺など多くはないが、世界ではロシアや中国など言論の自由がなく、危険の多い国や地域で命を懸けて取材を続ける記者がいる。

 「少しでも世の中を良くしたい」という思いが、世界中のジャーナリストを鼓舞する。

 カルアナガリチアさんの業績には足元にも及ばないので「彼女の遺志を継ぐ」とは言えないが、彼女がどんな思いで仕事をして、何を伝えたかったのか―。ときおり彼女に思いをはせながら、取材を続けていきたい。(共同通信=海外部・岡本拓也)

国際調査報道ジャーナリスト連合が南ドイツ新聞を通じて入手したタックスヘイブンの新資料

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