【特集】楽園の闇、果てしなく(1)

パラダイス文書取材体験記

©一般社団法人共同通信社

法律事務所「モサック・フォンセカ」から流出した内部資料「パナマ文書」は世界に衝撃を与えた=2016年4月、事務所の本部が入るパナマ市のビル(共同)

 私の所属する海外部は、主に日本を中心とするニュースを英文記事に仕立てて配信する部署だ。その田辺宏部長から職場の片隅に手招きされ「特別報道室への応援に行ってくれ」と言われたのは9月中旬のことだった。

 「何をやるかは社内でも秘密にすること。静かにこの職場から消えろ」。ただならぬ雰囲気にたじろいだ。何やら極秘プロジェクトらしい。「ま、勉強になると思うよ」。最後はそんな励ましの言葉で送り出された。(共同通信=海外部・岡本拓也)

 ▽大量の文書に衝撃

 昨年4月、共同通信が参加する国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)が中米の法律事務所「モサック・フォンセカ」から流出した資料「パナマ文書」を一斉に報じ、アイスランド首相が辞任に追い込まれるなど世界に衝撃を与えた。

 当時は熊本支局に勤務していた。パナマ文書で各国首脳や周辺の「錬金術」が明らかになったちょうどそのとき、震度7の地震が2度も起きるという熊本地震が発生。昼夜を分かたず被害状況や被災者支援の取材に追われた。パナマ文書をめぐる続報は、正直に言うと読んだ記憶がない。

 そんな記者が今回、ICIJの新たなプロジェクト「パラダイス文書」に参加することになるとは、夢にも思っていなかった。

 英文記事を毎日扱う海外部に特別報道室から応援要請があるということは、英文資料のブツ読み(大量の資料を読み込む作業)があるのだろう。あらためて身構えた。

 9月25日、特別報道室へ初めて出勤した。今回の「パラダイス文書」報道を取り仕切る同室の沢康臣編集委員が穏やかな口調と柔らかな表情でこう記者に述べた。「結果がすべてだから、よろしくね」。目は笑ってなかった。

 早速、英文の資料をパソコンの画面から読み込んでいく。クリックしてページをめくり、読み終わったら次のファイルを開く作業を繰り返す。

 タックスヘイブン(租税回避地)での会社設立を手がける英領バミューダの法律事務所「アップルビー」やシンガポールの信託会社「アジアシティ」、世界各地の回避地の登記所から流出した書類だ。法律事務所とその顧客との間の大量のメール、株主総会や取締役会議事録に関する内部文書、銀行の送金記録。全部で1340万通に上る。

 自分が読んでいるのは、そのごく一部だ。どんな秘密が膨大な文書に記されているのか。見当がつかないが、自分がこれまで経験したことがない情報の海の中にいることは実感できた。

 ▽証言は本当か

 やがて「ブツ読み」で浮かんだ事実を確かめに、取材に出かけることになった。東京都内の会社経営者の男性がバミューダ諸島にある資産運用会社を買い取り、約2億円を運用。年間数百万円の利益を得ていたとみられることが判明していた。

 男性はなぜバミューダで投資したのか、税金は適切に払っていたのか―。聞きたいことはいろいろあるが、男性はすでに死去していた。そこで50代の長男に話を聞きに行くことにした。

 取材は通常、記者が1人でする。が、今回の取材はICIJの一員として話を聞くため、日本から参加する朝日新聞とNHKと一緒に向かう。普段は特ダネを巡り「われ先に」と競い合い、手の内は隠す関係なのに、パラダイス文書取材ではこの3社は「ジャパンチーム」の仲間。何度も「作戦会議」をし、取材も合同で、ちょっと不思議な感覚だ。

 長男は、父から受け継いだ会社で私たち3人の取材を受けた。さすがに緊張した様子が受け取れたが、質問には丁寧に答えてくれた。

 亡き父からは生前、バミューダでの投資については何も聞いていないこと、父の死去後に英文の書類が夜中にファクスされ、対応に困ったこと、など。長男は「(亡父の)お金には全く手を付けていない」と強調した。

 説明に矛盾はなく、うそをついているようには見えなかった。父親は2億円に上る資産について、一言も家族に話さず亡くなったのだろうか…。長男の言い分を否定する材料もなく、もやもやとした感覚が残った。

 ▽「足で稼ぐ」も

 「パラダイス文書」は英領バミューダの法律事務所から何らかの形で流出した生資料だ。「この会社はいつ、だれがこんな手口で脱税しました」と丁寧に説明する文書があるわけではない。世界中の記者が大量の書類に目を通しながら、資金の流れや企業間の資本関係を解読していく。

 米国のロス商務長官が大株主の船舶会社がロシアのプーチン大統領の側近を得意先にしていたことや、米IT大手アップルが節税批判を受けた後も、新たな節税スキームを構築していたことなどが明らかになった。

 一方、日本の企業や個人はどうだったか。日本の3社の記者が資料を読み込んだ結果、大手総合商社や保険会社などいくつもの企業名が見つかった。海外進出をふくめ、何らかのビジネスをしていたことが伺える。

 だが、資料から分かるのは一部の情報だ。実際に何が行われていたか突き止めるのは、結局は記者の基本である「脚で稼ぐ」取材だ。国際税務の専門家に会って見解を尋ね、業界の事情通を見つけて話を聞き、最後は当事者に質問をぶつけた。

 結局、パラダイス文書に登場した日本企業について、違法行為を見いだすことはできなかった。これまでの経験上「これは」と思っても、実際に特ダネとしてものにできるのは10に1もない。手間暇掛けた取材が徒労に終わることは仕方がなかったが、パラダイス文書取材という記者としての「大舞台」で結果=特ダネを出したかったのが、偽らざる気持ちだった。

 【特集】楽園の闇、果てしなく(2) パラダイス文書取材体験記に続く

国際調査報道ジャーナリスト連合が南ドイツ新聞を通じて入手したタックスヘイブンの新資料
パラダイス文書「日本チーム」の打ち合わせで取材方針を議論する共同通信、朝日新聞、NHKの記者=2017年10月、東京都港区の共同通信社

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