【世界から】15%人口を減らせ!

進む「北京大改造」

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入り口に掲げた看板の右側で、政府の呼びかけに応えて8月末日までに営業停止・閉店することを伝える万通デパート=斎藤淳子撮影

 「ええ~。この店まで閉店か!」。長年、行きつけにしていたピリ辛魚料理で有名なレストランが突然閉店した。10月初めの国慶節に伴う連休にはいつものように行列ができてにぎわっていた地元の人気店が、今や、看板も外されて空っぽだ。店の入り口には「12年前にここで開店し、皆さまに出会い今日までやってきましたが、10月28日をもって区の道路整備政策を受けて閉店となりました」と書かれたポスターが貼られていた。

 これは氷山の一角にすぎない。10年来頼りにしていた、ギョーザの皮と手打ち麺を扱う店も集団住宅の1階を改修した店舗だったため、突如「住宅用地の違法な商用利用」を問われ、初夏に閉店した。さらに、8月末には北京中心部にある地下鉄「阜成門」駅ビルの地下1階から5階に入居していた低価格雑貨・衣料品百貨の「万通」も18年の歴史を閉じた。加えて「万通」から徒歩圏内にある1992年に開設し3千店以上が入居していた「天意卸売市場」も、近所で羊肉が半身でぶら下がっていた生鮮食品の「明光寺農副産物総合市場」も消えた。これらの市場が閉鎖された理由は店舗の違法性ではなく、政府のいう「非首都機能」に分類されたからだ。

 2015年以降、北京市は「非首都機能移転」や「北京・天津・河北共同発展計画」と銘打った政策のもとに街の大改造を進めている。これらの政策が何かというと、北京市には「首都にふさわしい」政治や文化、国際交流、科学イノベーションの機能だけを残し、それ以外のもの、特に「低レベル(中国語で『低端』)」の製造業や卸売り・小売業とその従事者は淘汰(とうた)するという。その際、北京市に隣接する天津市や河北省と連携し、3地域を結ぶ基礎インフラを拡充し首都圏を形成するという構想らしい。

 しかし、どうみてもこの理論は後付け。本当のゴールは、北京市の人口削減そのものにありそうだ。16年に策定された北京市の13次5カ年計画(16~20年)は、北京市人口を2300万人以下に抑え、20年までに同市中心6区の人口を14年比で15%減らすと宣言している。「非首都機能移転」は人口削減の手段にしか見えない。

 では、なぜ血眼になって人口を減らそうとするのか? 政府は水資源や環境負荷の限界を挙げる。しかし、長江の水を流す「南水北調・中央ライン」の開通で北京市の水がめである密雲ダムの水量は増え、今年は17年ぶりに20億立方メートルを突破した。大気汚染源の微小粒子状物質(PM2.5)濃度も今年1~10月には13年度比で約35%減少している。水資源・環境要因は決定的には見えない。

 そんな政府の説明に対し、本当の理由はむしろ「動乱発生防止・秩序維持のため」とする声がある。ヒントは12年末に王岐山・元中央規律検査委員会書記が周りに薦め、習近平総書記も熟読したと言われるフランス革命を分析したアレクシス・ド・トクビル著の「旧体制と大革命」だ。同書では中央集権の中枢だったパリへの一極集中を革命が瞬時に地方へ波及した原因の一つに挙げられている。ここからヒントを得て、「安定維持」を最優先する現政権が北京で膨らみ続ける人口を「危険要因」と判断した可能性は十分ある。

 北京市の人口は加速的に増えているが、爆発的に増えたのは2000年代の胡錦濤時代だ。当時、都市と農村の融合をうたい北京市は大きく門戸を開いた。つまり、「北京戸籍」を持たない地方出身者に対し、北京での居住や就業、就学、不動産・自動車購入資格などにおける各種条件を緩和したのだ。これらの差別撤廃は有るべき道だったと思うが、その結果、08年の北京五輪前後にあたる06年からの4年で約300万人が北京入り。北京に戸籍がある人の増加分の60万人と合わせて常住人口は360万人増加した。この増加規模を、東京都に当てはめると、高度経済成長期の1955年(約800万人)から70年(約1150万人)までに匹敵する。変化が急激すぎたのは明らかだ。北京では、2010年ごろから幼稚園不足、大気汚染や渋滞などの“大都市病”が顕著となったが、人口の急増はその一因と言われている。

 角度を変えて見れば、確かに北京市は東京都(約1375万人)の1.6倍となる約2200万人を抱え過密気味だ。都市政策の見直しも必要かもしれない。まずは、手の付けやすい北京周辺の首都圏建設を通じて分散を促すのは自然な流れだ。ただ、そのやり方があまりに急激で乱暴なのには驚愕(きょうがく)する。ここで暮らす人間が参画せず、完全なトップダウンで区画整理が大規模に進み、その結果、私が20年来愛してきた庶民的、そして北京の人の香りがする生活空間が急速に消えている。「大躍進」や「文化大革命」、1990年代半ばに始まった急速な経済成長などの激動の時代を生き抜き、北京で現在も暮らしている人たちはこれにどう対応するのだろうか?

 「新時代」の到来とともに、北京では大改造のほこりが巻き上がっている。(北京在住ジャーナリスト、斎藤淳子=共同通信特約)

北京市内で行われている再開発の様子。青い工事用ボードで囲まれ、店内への出入りができなくなっている。これまで何十年も運営してきた店舗が近年、何らかの違法性を指摘され閉鎖している=斎藤淳子撮影

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