【特集】「軍人に政治判断をさせてはいけない」 震災指揮官が訴える“在り方論”

航空幕僚長を更迭された田母神俊雄氏(左)、統合幕僚会議議長を更迭された栗栖弘臣氏(右)=田母神氏は2008年撮影、栗栖氏は1977年撮影

 北朝鮮のミサイル発射や核実験の際、報道番組のコメンテーターとして元幹部自衛官たちが出演していることにお気付きだろうか。指揮官としての経験に裏打ちされた解説は、素人の私たちに分かりやすい。表立って本音をしゃべれない現役の気持ちを代弁している節もある。彼らがメディアに登場することは「時代の空気」を反映しているのかもしれない。東日本大震災が起きた2011年、防衛省統合幕僚監部の運用部長だった広中雅之氏(元空将)が、政治家と指揮官との「立ち位置」をテーマにまとめた新書を上梓、共同通信のインタビューに応じた。米軍や自衛隊の事例を基に語った広中氏の視点は、過去の制服トップの解任劇の是非にまで及ぶ。憲法改正論議の前提となる課題も読み取れる。(共同通信=柴田友明)

 ▽タイトルの意味

 10月に出版された文春新書「軍人が政治家になってはいけない本当の理由―政軍関係を考える」。長いタイトルだ。政軍関係という言葉は「日本語として定着していない」(広中氏)という。

 本の表紙を見たとき、「文民統制」(政治が軍事に優先するという民主国家の基本原則)のことかと筆者は思った。しかし、それは一側面で、さらに広い概念で政治指導者、軍隊の指揮官、国民の三者のダイナミックな相互関係を示す言葉だという。欧米では安全保障研究でポピュラーな呼称とされる。

 現場を知らない研究者の本なら関心を持てなかっただろう。だが、広中氏は違う。東日本大震災、福島第1原発事故で自衛隊創設以来の作戦行動を取った制服組トップの折木良一統合幕僚長(当時)、河野克俊統合幕僚副長(現統合幕僚長)と最も近い位置にいた「作戦部長」だった。退官後に米国のシンクタンクで国防政策・戦略を研究、オバマ政権からトランプ政権の移行期を肌で知っている。筆者はその考察を知りたいと思った。

 東日本大震災では政治側に自衛隊に対する知識や運用方法、そして信頼がなかったことに広中氏は自衛隊の高級幹部として痛感、そのつらい経験が「政軍関係」についてあらためて考えるきっかけになったという。

 ▽自衛隊の事例

 将官クラスの元幹部が「自衛隊を適切に律する政治とはどのようなものか」と問題提議して、公に語るのは珍しいと思える。これまでの改憲、安全保障論議ではあまり言及されてこなかった点だ。

 広中氏は自衛隊での「政軍関係」を象徴する2つの事例を挙げた。1978年の制服組トップの統合幕僚会議議長、栗栖弘臣陸将、2008年の空自トップの航空幕僚長、田母神俊雄空将がそれぞれ更迭されたケースである。

 以下、広中氏が語った内容をまとめた。

 「栗栖氏は週刊誌のインタビューに『奇襲攻撃を受けた場合、首相の防衛出動命令が出るまで手をこまねいている訳にはいかず、第一線の部隊指揮官が超法規的行動を取ることはあり得る』とする、“超法規発言”を行いました。金丸信防衛庁長官(当時)は文民統制に反するとして激怒し、事実上解任しました。その発言は軍事専門家としての強い問題意識に基づき専門的な意見を述べたもので、指摘された有事法制の不備は、武力攻撃が発生した場合に必要な国内法制が整備されていないというものでした。栗栖氏は発言が政治問題化しそうになった時点で、依願退職願を提出し、退職に至りました。信頼関係が壊れれば、政治指導者が自衛隊の指揮官を更迭するのは当然です。『政軍関係』がきちんと機能していなかった状況下で栗栖氏の出処進退は見事であったと言えます」

 一方で、広中氏は、田母神氏の出処進退については問題点を指摘する。

 「田母神氏は企業が主催する懸賞論文に応募し最優秀賞を受賞しました。この論文が政府見解と異なるとして問題視され、2008年10月31日、浜田靖一防衛相(当時)に航空幕僚長の職を解かれて航空幕僚監部付となり、最終的に11月3日付で定年退官する事態となりました。田母神氏の論文は軍事専門家としての専門的な意見を述べたものではなく、本来歴史家に委ねるべき歴史の評価についての個人的な所感でした。田母神氏への懲戒処分は論文公表の事前届けを怠ったという微罪でしたが、この処分の手続きに協力しなかった田母神氏は防衛相の政策判断に服従しなかった。民主主義国家ではいかなる政策決定であろうと文官と違って国防組織の指揮官は政治指導者の政策決定に絶対的に服従しなければならないという不文律があります。田母神氏はその大切な原則の尊重を強い憤りからおろそかにしてしまったようです」

 ▽立ち位置の原則

 広中氏は11月に日本記者クラブで講演、会見を行い、その後、共同通信の取材に応じた。

 自衛隊の指揮官として軍事専門性を追求し続けること、政治指導者と率直な意見交換をして双方の信頼関係を作ることが大切であると強調。最終的な政策決定に指揮官は絶対的に服従しなければならないと説く。例え指揮官の判断が100%正しく、政治指導者の判断が100%間違っている場合でも、指揮官はその命令に従わなければならないと、「立ち位置」の原則を力説した。

 米英軍でもそうしたルールに基づいて文民統制が守られているといい、政治的に動きすぎて解任されたマッカーサー連合軍最高司令官の事例なども挙げて、広中氏は専門家としての見方を示した。

 筆者は広中氏の話を聞くうちに素朴な疑問を持った。「果たして軍事のど素人である日本の政治家が、専門家である自衛隊指揮官の判断に流されることなく合理的に決断できるのか」と尋ねた。

 広中氏は「自衛隊の指揮官だけでなく、政治家、文官の人も常に政軍関係について考えておかなければならない。日本では実現できていないが、諸外国は恒常的に図上演習を行い、どういうことが想定されるか、常に『頭の体操』をしている。それをすればセンスが磨かれる」と答えた。さまざまな状況で有事シミュレーションをしてルール通りに行えるか準備をしなければならないという主張だ。

 「今の時代だからこそ、(自衛隊の)後輩たちに原則を知っておいてほしい」という広中氏の訴えは理解しやすい。かつての上官(田母神氏)に対して原則論からその是非を述べたことも着目に値する。一方で、いざという時の日本の「備え」に、いささか心許ないと痛感している制服組の心情が垣間見えた気がした。

日本記者クラブで会見した広中雅之元空将
東シナ海上空で共同訓練する米空軍のB1戦略爆撃機(中央の2機)と航空自衛隊のF15戦闘機(航空自衛隊提供)

© 一般社団法人共同通信社