「走塁革命」を起こす指導、スキルとは
日本野球科学研究会は、野球競技の普及・発展に寄与するために、指導現場と研究者間での情報の流動性を高めることを目的とした団体だ。その第5回大会が神戸大学で行われた。2日目の17日に行われたシンポジウムIIのテーマは「野球におけるスプリント能力、走塁について」だった。
野球の技術研究は多方面から行われているが、走塁に特化したシンポジウムは珍しい。コーディネーターは仙台大学教授の宮西智久氏。高校野球の指導者と、陸上競技の専門家が、走塁についての研究成果を発表した。
兵庫・東播磨高校野球部監督の福村順一氏は、前任の加古川北高校で甲子園に出場した経験を持つ。福村氏は「走塁革命」と銘打ち、「小さなことからコツコツと」と工夫と努力を重ね、チームを改革していった。走塁を重視するチームではアウトはつきものなので、指導者は生徒が積極的な走塁で失敗しても叱らないことが必要だ。そういう指導法で、結果が出て着実に成長している。
福村氏は走塁には、ランニングスキル、シャッフルスキル、リードスキル、スライディングスキル、ベース周りスキルの5つが必要と説明。ランニングスキルはランニング姿勢、スタート姿勢、中間疾走、フィニッシュまでの技術を磨く。さらに走打連携も必要で、走塁の精度を上げることがすべてにつながっている。同氏は走塁にこだわることで野球のスキルに生かすことができたと述べた。
相手に脅威を与えた走塁、聖地でファンを魅了した加古川北と健大高崎
群馬・健大高崎高校野球部コーチの葛原毅氏は「機動破壊」と言われ、甲子園に健大高崎旋風を巻き起こした指導者だ。葛原氏は、盗塁成功の要素として、球種、コース、投手の癖、駆け引きの4つを挙げる。
優先順位は1に駆け引き、2に投手の癖、3に球種、4にコースの順。動画で投手の癖を逐一紹介して、スタートのタイミングを詳細に説明した。また、右打者、左打者での走者の捕手のサインの見方や打者の位置取りなど、健大高崎の走者は極めて緻密な走塁を行っていることを紹介。また投手の癖を盗むポイントも具体的に説明した。さらに、盗塁による状況判断として、守備側の警戒心は、走者の状況によって変わると紹介。
・見た目(出塁の仕方、バントヒット、内野安打、左打者の当て逃げ)
・同打者の複数出塁(前回のランナー時に行ったことが伏線になる)
・直前のランナーとの兼ね合い
などがあり、それによって牽制球の多寡が変わると紹介。さらには三盗の技術も紹介した。最後は、福村氏と同様、盗塁は指揮官の決断力だとし、絶対に怒らない、寛容な気持ちで始めることが大事だと説いた。
専門家が細かく分析、桑田氏からは「サインを盗む行為は容認されるのか」の問いかけも
宮西氏は、近代野球において機動力野球は重要であると説き、野球におけるスプリント特性について紹介。野球選手には、せいぜい90メートルを全力で走る能力があれば十分。そういう体力トレーニングが必要だとした。スタート局面でのクロスオーバーステップとジャブステップの比較、一塁への走塁時には走り抜け、ヘッドスライディングのどちらが有利か、スプリントにおける方向転換はサイドステップとクロスステップのどちらが有利か、などを数値を示して紹介した。
また。鹿屋体育大学特任助教の永原隆氏は、陸上の専門家として、陸上競技短距離走に関する知見の野球への応用について説明した。
速く走るには、力の大きさよりも「方向」が大事であり、正しい前傾姿勢など短距離走の技術を紹介。陸上競技の研究成果を野球に応用してほしいと語った。さらに、子供は8.8歳から12.1歳の間に一般的な疾走能力発達が一時的に停滞することを理解して個人の成熟度を見極めた指導が必要だと説いた。
質疑応答では、桑田真澄氏から「プロはヘッドスライディングは自己責任だからいいが、学童は安全管理とフェアプレーが基本だから、ヘッドスライディングは安全と言えるのか。またサインを盗むという行為は容認されるのか」という質問があった。シンポジストは、それぞれの意見を述べたが、大いに議論の余地があるようだ。
最後にコーディネーターの宮西氏は野村克也氏の言葉を引用して「投打が“ヒマワリ”なら、走塁は“月見草”」とし、今後、科学的なエビデンスをもって走塁を指導してほしいと締めくくった。
(福谷佑介 / Yusuke Fukutani)