(上)誤算 海外の視点と“ずれ”

 「私たちの主張が受け入れられなかった。(イコモスの見解は)予想以上に厳しい」

 「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」の推薦取り下げを受けて開かれた文化庁幹部の記者会見。重苦しい空気の中、村田善則文化財部長は沈痛な表情を浮かべた。

 昨年1月に政府推薦が正式決定した時、政府関係者は「教会群はキリスト教の遺産。世界的に理解されやすい」と語った。登録へのヤマ場と位置付けた9、10月の国際記念物遺跡会議(イコモス)の現地調査では、調査員から批判的な質問は出ず、登録に向けて楽観ムードが漂った。

 ところが11月にパリであった政府とイコモスの意見交換会議では、今回の中間報告と同じ内容の厳しい指摘がなされた。文化庁と県は2月末の追加情報提出期限に向けて反論文書を準備し、イコモス側の評価が変わる余地があるかどうか情報収集を進めた。だが、「イコモスの方針は固い」(文化庁幹部)と覆すのは困難な状況だった。

 イコモスの中間報告は、教会群の潜在的な世界遺産価値を認めながらも、日本におけるキリスト教の独自性が2世紀以上にわたる禁教期にあると指摘。推薦書の内容を修正するよう提案した。裏返せば、価値付けが正しくないということだ。

 教会群の推薦書は、県が事務局となり、6人の専門家と2人のアドバイザーで構成する県世界遺産学術会議に諮りながら、文化庁の意見も取り入れて内容を練った。専門家の顔触れは建築、キリシタン史、日本史、景観など多彩。多様な見地を取り入れた総合的な内容に仕上がり、委員長の林一馬長崎総合科学大名誉教授は「400年以上に及ぶ長期の歴史をすっきり説明できる」と自信を見せていた。

 だが、多様な故に価値が絞り込めなかった印象は否めない。例えば8件の教会建築は、建築的特徴を重視して説明したため、ストーリー上で最も重要な禁教期とどのようにつながっているのか歴史的な証明が欠落していた。あるイコモス関係者は「つぎはぎだらけで体裁を整えた推薦書」と厳しく批判する。

 文化庁OBは「われわれが思う以上に世界は日本の歴史を知らない。世界遺産はコンセプトを絞り、独自の価値を丁寧に、かつ分かりやすく提示しないといけない」と指摘する。推薦書を承認した文化審議会の西村幸夫世界文化遺産・無形文化遺産部会長(東京大教授)は「固有で顕著な価値について日本側の視点と海外側の視点が違っていた」と誤算を口にした。

(2016年02月10日掲載)

教会群の世界遺産推薦取り下げについて説明する文化審議会の西村幸夫氏(右から2人目)と文化庁の幹部ら=文部科学省

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