①決定 国と地方の関係象徴

 「明治日本の産業革命遺産」(本県など8県の23施設)の世界文化遺産登録が決まり、「端島炭坑」(軍艦島)など長崎市内8施設が晴れて「人類の宝」になった。世界遺産を手にすれば、それに見合った世界に対する責任が生まれる。「人類の宝・第1部」は、保護策を中心に多くの「宿題」を抱える産業革命遺産の現状をリポートする。

 「ここであいさつをしてもらうだけで随分違いますから」

 3日、第39回国連教育科学文化機関(ユネスコ)世界遺産委員会が開催中のドイツ・ボン市内の世界会議センター。日韓両政府のロビー活動が激しさを増す緊迫した雰囲気の中、内閣官房の木曽功参与が中村法道知事に声を掛けた。

 知事と田上富久長崎市長は当日朝に会場入り。議場前のロビーで委員国の大使らを見つけるとすかさず動き、「世界の宝物にふさわしい価値がある。ぜひ登録にご協力を」と依頼した。

 声を掛けたのは十数カ国。各国は笑顔を浮かべつつ大半が「グッドラック(幸運を)」と応じた。「時間がない」と取り合わない国もあった。日韓どちらの肩も持ちたくない本音が透けて見える対応に、知事は硬い表情で「明日はどうなるか」と漏らした。

 「強制労働」の文言をめぐる日韓交渉は折り合いが付かず、当初予定されていた4日の審査は延期に。同日夕、市長は政府関係者から電話で呼び出され、夜に会場で行われたトルコ政府主催のパーティーに駆けつけた。日韓に対する冷ややかな視線を意識し、市長は「世界中からたくさんの人が長崎に来てほしい」と語りかけるにとどめた。

 「地方の役割を果たすしかない」と動き回る知事と市長の姿は、終始政府主導で進んだ産業革命遺産の登録活動における国と地方の関係を象徴しているように見えた。トルコ政府主催のパーティーが始まるころ、日韓交渉がようやく妥結したことを、市長が知る由もなかった。

 5日、産業革命遺産の審査は議長国ドイツの配慮で日韓以外の委員国が一切発言せずに終わった。諮問機関の国際記念物遺跡会議(イコモス)が5月の勧告に付け加えた「端島炭坑の明確な保全計画の策定」「各施設の来訪者の上限設定」「歴史全体の説明」などの提案は全て決議に盛り込まれ、2017年12月までにユネスコ世界遺産センターへ報告書を提出することが義務付けられた。

 登録決定直後の記者会見。「今日が世界遺産がある町としてのスタート」と話す市長の笑顔は控えめだった。市長は「これからが大変だからね」とつぶやいた。(2015年07月09日掲載)

世界遺産委員会でロビー活動をする田上富久長崎市長=ドイツ・ボンの世界会議センター

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