【辺野古から】対立深めた1年

埋め立て着工、法廷闘争再び

最初に着工した「K9」護岸。約100メートルになった=7月24日、沖縄県名護市辺野古沿岸部、小型無人機から

 沖縄県名護市辺野古への米軍普天間飛行場(宜野湾市)移設を巡り、2017年は国と沖縄県が対立を深めた1年だった。移設を推進する国は埋め立て工事に着手。移設を阻止したい県は工事差し止めを求めて提訴し、再び法廷闘争に入った。解決の糸口が見えないまま、新たな年を迎える。

 今年最大の節目は4月25日だった。国は埋め立て予定区域の北側で護岸造成を開始。護岸で囲って内側に土砂を入れる計画で、埋め立ての第1段階と位置付けられる。海中に砕石を次々に投入し、積み上げた。

 最初に着手した護岸は「K9」と呼ばれる。11月からは南側で「K1」と「N5」、12月には「K4」の造成を始め、計4本の護岸工事が進む。来年夏にはK1、N5、K4で囲った部分を埋め立てる予定だ。

 国は工事を加速するため11月、大量に石材を輸送できる海上搬入に踏み切った。沖縄本島のほぼ北端にある国頭村奥の港で砕石を船に積み込み、辺野古に運んだ。奥の住民が港使用反対の声を上げると、今度は本部町の港から積み込んだ。

 埋め立て工事に対し県は、漁業権が設定された水域で海底の岩石などを壊す際に必要な「岩礁破砕許可」が3月で期限切れになることから、これを盾に抵抗する考えだった。しかし国は「地元漁協が漁業権を放棄したので許可は必要ない」として、新たに許可を得ずに工事を続けている。

 県は「従来の国の方針を勝手に変更した」と反発。7月、知事の許可を得ずに政府が岩礁を破砕するのは違法として工事差し止めを求めて那覇地裁に提訴した。判決は来年3月に言い渡される。

 翁長雄志(おなが・たけし)知事が、前知事の埋め立て承認を取り消した処分については2016年12月、最高裁判決で県側の敗訴が確定した。今年7月の提訴は趣旨が異なるとはいえ、展望が明るいわけではない。

 そこで注目されるのが、埋め立て承認の「撤回」だ。「取り消し」とは違い、埋め立て承認後の事情の変化を理由にすることができる。翁長知事は3月、必ず「撤回」に踏み切ると表明。12月の記者会見では、来年12月の任期満了までに実行する意向を示した。撤回すれば、国と県の対立は決定的となる。

 沖縄では今年、普天間所属の米軍機の事故が相次いだ。10月には東村高江の民間牧草地にCH53E大型輸送ヘリコプターが不時着し炎上。12月には同型機が宜野湾市の市立普天間第二小の運動場に窓を落下させる重大事故を起こした。輸送機オスプレイは8月にオーストラリア沖で墜落したほか、大分空港や新石垣空港で緊急着陸する事態もあった。

 普天間の危険性除去や辺野古移設といった課題は来年に積み残される。来年2月には名護市長選、秋には知事選が実施される。課題をどう解決するのか。有権者が問われる1年となる。(共同通信=那覇支局・関翔平)

11月に「K1」「N5」護岸の造成を始めた。12月には「N5」につながる形で「K4」護岸に着手した=11月6日、辺野古沿岸部
沖縄では米軍機の事故が相次いだ。東村高江の牧草地には米軍ヘリコプターが不時着し炎上した=10月12日

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