【3割打者を考える(2)】なぜ、3割打者は時代を超えて「優秀」なのか?

NPB通算打率10傑

「打率」はいつ、どのようにして生み出されたのか

 初代ミスター・タイガース藤村冨美男をはじめ、多くの打者がこだわりを見せてきた「打率3割」という数字。そもそも、この「打率」というものは、いつ、どのようにして生み出されたのだろうか。

 起源は今から160年ほど前に遡る。ヘンリー・チャドウィックというジャーナリストが「打率」を考案した。クリケットでは1人の打者(バッツマンと呼ぶ)がアウトになるまでに得点(ラン)を挙げる率を計算していたが、チャドウィックはこれを参考に「打率」を考案した。ちなみ「防御率」を生み出したのもチャドウィックだ。

 野球には、投手が打者が打てない範囲に球を投げた時に「ボール」とコールし、ボールの数が一定数を越えると、打者は一塁へと出塁出来るルールが生まれた。1876年に現在のMLBに続くナショナルリーグが出来た際には「九球」だったが、投手に有利過ぎるということで、徐々に減っていき、1889年には「四球」に着地した。ヘンリー・チャドウィックはこの「四球」を投手のミスと考えて打数には加えず、「打席」と「打数」という考え方も創った。

 ところで、公衆衛生学を学ぶ人は「チャドウィック」という名前に聞き覚えがあるのはないか。エドウィン・チャドウィック。産業革命時代のイギリスで、市民の健康維持のためには都市の下水道の整備が必要だと唱えるなどした社会改革者である。

 イギリスとアメリカ、公衆衛生学と野球。全く違う世界の2人の「チャドウィック」だが、実は兄弟だ。24歳下の弟、ヘンリーはアメリカに移住し、新聞記者になったのだ。兄は下水の普及率や貧困率を算出したが、弟は打者の優秀さを調べるために打率を生み出した。社会改革の功績で「サー」の称号を得た兄に対し、弟は野球のルールや記録を整備した功績で野球殿堂入りしている。

3割打者は平均以上の「優秀な打者」

 話を元に戻す。現在のMLBは1871年、ナショナルリーグの前身であるナショナル・アソシーエーション創設がその始まりだとされている。米データ専門サイト「Baseball Reference」によれば、この年は9球団が参加。各球団が30試合前後を戦ったが、リーグの平均打率は.287だった。100打席以上立った打者は65人いたが、3割以上は24人。メジャーリーグの草創期の頃から「3割打者」は優秀だった。

 以後も、ナショナルアソシエーション、そしてナショナルリーグの打率は概ね.250台から.280台で推移した。MLBがナショナルリーグ、アメリカンリーグの二大リーグ制になった1901年のナ・リーグのリーグ打率は.267、ア・リーグは.277、以来116年経った現在まで、リーグ平均打率には大きな変化はなく、3割を超えることもほとんどなかった。

 つまり、野球の歴史のほとんどすべての時代で、3割打者は平均以上の「優秀な打者」であり、打者にとっては「3割」を打つことが大きな目標になっていたのだ。それは1936年に発足した日本のプロ野球も同じだ。戦前の一時期を除いて、リーグ打率は.250前後であり、3割打者は常に優秀な打者の代名詞であった。

 なぜ、そうなのか?野球はどんどん変化しているのに、平均打率は変化しないのか。そして3割打者はなぜ、いつの時代も「価値」があるのか。

 アメリカのセイバーメトリクス研究者ボロス・マクラッケンは1999年、野球のデータを集計して行く中で、ある事実を見つけた。マクラッケンは「本塁打を除くグラウンド内に飛んだ打球が安打になった割合」をBABIP(Batting Average on Balls In Play)と名付け「BABIP=(安打-本塁打)÷(打数-奪三振-本塁打+犠飛)」という数式を用いた。これを計算した結果「どんな投手も、打者も、リーグもBABIPはだいたい3割前後になる」ことを発見した。

BABIPと打率の関連性は…

 個々の選手のシーズン毎のBABIPは変化するが、長期的なスパンで見ると、ほぼ3割に収束すると言われる。好成績を上げている投手でBABIPが3割を大きく下回る投手は「運」のおかげで成績が良く、いずれ成績は下落し、逆に成績不振の投手でBABIPが3割を大きく越えている投手は、いずれ成績は上がっていくとされる。そして、高打率を上げている打者でBABIPが良い打者は「運」が味方しているので、これも成績はいずれ下降し、反対もまた然りとされている。

 今年のパ・リーグのリーグ打率は.251、リーグBABIPは.301、セ・リーグのリーグ打率は.250、リーグBABIPは.299。MLBのア・リーグのリーグ打率は.254、リーグBABIPは.307、ナ・リーグのリーグ打率は.260、BABIPは.304だ。

 BABIPは3割前後となっている。打率は、BABIPに本塁打と三振、犠飛の数字を加味したものだが、数字が大きくなる三振数に影響されるため、BABIPを上回ることはない。つまり、3割以下に収まることになる。プロ野球が始まって以来「3割打者」が優秀とされるところには、BABIPが3割に収束することにも関係しているだろう。

 しかし、疑問は残る。なぜ、BABIPは3割に収束し、変化しないのだろう? 次回はその謎に迫る。

(Full-Count編集部)

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