「自分の容姿は0点」。精神科医が明かす身体醜形障害の症状・治療

「自分の容姿が気にいらない」―。このような悩みは決して珍しくなく、特に思春期を迎えると、嫌でもついて回るものの一つかと思います。それでも割り切って暮らしていける人が多いなか、容姿のコンプレックスにとらわれて生活に支障をきたす人がいます。過剰ともいえる悩みの原因には、「身体醜形障害」という精神疾患が潜んでいるかもしれません。今回は聞き馴れない身体醜形障害について、精神科医で長年この疾患の臨床に携わり、著作も出版されている鍋田恭孝先生にインタビューを行いました。

鍋田恭孝先生
医学博士、臨床心理士、日本精神神経学会認定専門医および指導医、日本青年期精神療法学会常任理事、日本サイコセラピー学会常任理事、日本うつ病学会評議員。青山渋谷メディカルクリニック(名誉院長)で診療にあたる。
主な著作:「身体醜形障害 なぜ美醜にとらわれてしまうのか」(講談社)

容姿への病的なこだわり 思春期がピークに

身体醜形障害について解説する鍋田恭孝先生

―身体醜形障害とはどのような病気ですか。また、どの年代、どういった人で発症するのでしょうか。

他人からすると気にならない外見の欠陥について、日常生活に支障が出る状態まで深く悩む病気です。

多くの人にとって、容姿の悩み自体は全く珍しいことではありません。特に思春期には顕著で、ある調査で中学生の8割が「容姿に悩みがある」と答えたというデータもあるくらいです。しかし、この障害でみられる“悩み”は、容姿へのこだわりが病的に強くなったものを指します。

日本では身体醜形障害に関するデータはありませんが、私の臨床経験では、発症数は17~18歳でピークを迎え、その後徐々に減っていく傾向があります。患者さんの男女比としてはほぼ5:5であるように思います。

アメリカの調査では、美容皮膚科やエステに継続的に通っている方の3~4割が身体醜形障害の疑いがあるという結果も出ています。また、特に男性において自分の体をみすぼらしいと思い込み、際限なくトレーニングを繰り返す筋肉醜形障害という疾患も報告されています。ご自身や周りの方で、顔について病的に悩んでいる場合はもちろん、エステ通いやジム通いが過剰な場合にも、この身体醜形障害が潜んでいる恐れがあります。

―身体醜形障害の人が悩む箇所は、どこが多いのでしょうか。また、特徴的なことはありますか。

まぶたや鼻など、顔の中でも目立つパーツで悩むことが多いです。あとは毛髪について、薄さや生え際の形などにコンプレックスを持つ方もいます。

身体醜形障害で特徴的なのはその悩みの強さです。人に「自分の容姿に点数をつけてください」と言うと、一般的な容姿の悩みを持つ方はおおむね30点前後と答えますが、身体醜形障害の患者さんでは0点、もしくはそれ以下の点数を答える傾向があります。

同じ精神疾患である「対人恐怖症」にも、症状の一つに他人の容姿の評価を気にする行動があります。しかし、対人恐怖症の場合は「他者から醜く思われるのが嫌だ」という悩みであって、家や自室にいるときは症状が改善します。一方、身体醜形障害では「醜い自分が存在すること自体が嫌」という、より質的な悩みになります。そのため他者がいない場所でも容姿について思い悩む症状がみられます。

「化け物のような醜さ」 美容外科手術に踏み切る人も

―診断基準として、どのようなものが挙げられますか。

周りから見たら些細な欠点を病的に気にしているか、またその程度が日常生活に支障をきたしているかです。

気にする程度ですが、患者さんは「化け物のように醜い」「こんな顔では生きていけない」と訴えてきます。ただ、私が診てきた限り、実際には平均よりも容姿が整っている方が多いです。クリニックにいるスタッフに確認してもらうこともありますが、同じような感想を抱きます。また、患者さんが気にする箇所は、我々他人から見ると「確かにそう言われてみれば鼻が丸いかも」といった、本当に些細な欠点であることが大半です。しかし、患者さんは病的なコンプレックスを抱いています。

―では、日常生活の支障とはどのようなものがありますか。

何時間も鏡を見続けながら過ごす、逆に家にある鏡を全て隠して自分の姿を一切見ないようにするといった行動が挙げられます。学校や職場に通えず、一日中引きこもる方もいらっしゃいます。外出ができても、常にマスクが欠かせず人前で食事が出来なかったり、写真を撮られるのを異常に避けたりという傾向もみられます。

また、身体醜形障害の患者さんの多くが美容外科の手術を強く希望します。中高生である場合は、費用の面でご両親に頼らざるを得ないことが多いので難しいですが、自分で収入を得られる立場だと実際に手術に踏み切ったり、一回の手術では満足できず何度も繰り返し行ったりする場合があります。

―発症のメカニズムは解明されていないということですが、どういった要素が発症に影響していると思われますか。

私は、要素の一つに思春期の認知の発達があると考えています。小学校高学年から中学生に成長していく過程で、前頭葉の発達とともに認知の能力が発達していきます。それにあわせ、写実的にリアリティを持って周囲を認識すると同時に、自分のことも第三者的に捉えるようになります。

幼少の頃から周りに「かわいい」と評価され、自身も漠然とそう思っていた子の一部は、ふとしたきっかけで頭の中の自分と現実の自分との差を非常に強く感じることがあります。そうしたギャップが身体醜形障害の原因に繋がることがあるようです。ふとしたきっかけを具体的に挙げると、周囲からの何気ない容姿への一言だったり、自分のことを鏡や写真で見た瞬間だったりします。

また過去にいじめられた経験があり、漠然とその理由が自分の容姿に関わるものだと感じていた子が、思春期を迎えて突然発症するというケースもあります。

薬物・心理的療法で思い込みの転換を

―来院してくるきっかけ、そして治療はどのような流れで進めますか。

これまでに挙げてきた症状に気づいた保護者が、本人を連れて受診するケースが多いです。身体醜形障害はうつ病などの病気と異なり、患者さんが治療へのモチベーションを持ちにくい特徴があります。そのため初めから本人が病院へ来ることは少なく、保護者だけ相談に来る場合もみられます。

美容整形を望むお子さんの場合、保護者さんがお子さんに「鍋田先生のところに行って、先生が許可してくれたら(整形しても)いいよ」と条件をつけた上で来てもらうこともあります。

治療が始まると、心理的療法と薬物療法を同時に行います。

心理的療法では、まず身体醜形障害について説明し、「自分は醜い」という考えが思い込みであることを話します。私の場合は、「人間の脳には一度こうだと思うと、加速度的にぐるぐるその思いを深めてしまうサーキットのようなものがある」と表現しています。例えば、「怖い」という気持ちに支配されているとき、幽霊などの錯覚が見えやすくなってしまう「感動錯覚」というものがあります。それと同じように、「私は醜い」という思いが強まっているときに自分の顔を見ると本当にそう見えてしまうことなどを伝えます。

次に、コンプレックスを持っている箇所以外のパーツの点数付けなどをして、より広い視点で容姿を捉えるようにします。「自分は醜い」という考えで満たされている状態から、「他者に認められたい」「評価されたい」といった隠れた感情を引き出して、それをもとに今後の人生で何をしていくべきかを考えます。

私の経験では、多くの患者さんはたまたま強いこだわりが容姿に向いているだけで、そのエネルギーが学業や仕事といった分野に向きだすと、素晴らしい成果を出す人が多いように感じます。そのような考え方の転換を促すように意識しています。

薬物療法では、SSRIと呼ばれる抗うつ剤を用います。これはうつ病の治療にも使われる薬ですが、身体醜形障害などに特有の強いこだわりを緩和させる作用があります。このSSRIの投薬と先ほどの心理的療法と併せて行うと、大体3、4か月経って「この姿に満足しているわけではないけど、生きていけないほどではない」といった考えに至り、治療が終わることが多いです。しかし、長い人だと1~2年、それ以上かかる方もいます。

―患者さんの多くは来院時点では美容外科手術を希望するそうですが、鍋田先生は身体醜形障害の患者さんが美容外科手術を行うことについてどのようにお考えですか。

身体醜形障害が改善しないまま手術を受けても、満足することはないため慎重な対応が必要です。例外として、私は症状の軽い患者さんに限って手術を認めることもあります。しかし、認めるにしても二重まぶたの埋没法や肌のピーリングなど、元の状態に戻しやすい施術に限定しています。顎の骨を削るなどのやり直しがきかない手術に関しては、基本的に認めることはありません。

―家族にこの疾患が疑われる場合、周囲にぜひ知っておいてほしいことがあれば教えてください。

この疾患の怖い点は、患者さんの多くは他人に症状を知られることを避けるため、診断されずに放置され、生活に支障が出る状態が続いてしまう点です。なので周りの方には、よく様子を見てあげてほしいです。思春期は容姿以外にも様々なことに悩みがちな時期です。しかし、そのなかでも何時間も鏡を見続ける、写真を避ける、マスクを外せないなどの行動が度を越えてみられたら、一度精神科を訪ねてほしいと思います。

また先程紹介したように、患者さんの多くは本人の意思に反して診察に連れて来られるケースがとても多いです。そのため初回の治療に納得できないと、そのまま来なくなってしまう方が大勢います。周囲の方が本人を治療に取り組ませたい場合は、初診の前にまず医師と周囲の方たちだけで相談する方法もあります。疾患についての理解を十分なものにし、また医師にも自分たちの状況をしっかり把握してもらってから受診すると、良い結果を得られるかもしれません。

取材後記

身体醜形障害はあまり広く知られておらず、また「容姿の悩み」という誰にでも経験のある形で現れるため、周囲からは精神疾患と気づかれにくい面があります。しかし、こういった疾患の存在を知り、丁寧に様子を見ていけば発症に気づける病気でもあります。この記事がひそかに悩んでいる読者の方やそのご家族のために役立てることを願っています。(取材・文=いしゃまち編集部 吉岡)

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