筒香嘉智が勇気を振り絞った12分間スピーチ 球界の現状に違和感と危機感

「チーム・アグレシーボ」の体験会を開催したDeNA・筒香嘉智【写真:荒川祐史】

現役選手ながら真剣に考える「子供たちの将来」に一役

 DeNA筒香嘉智外野手が14日、大阪府堺市で野球を未経験の子供たちを対象とした体験会を開催した。筒香は中学時代を過ごしたボーイズリーグ・堺ビッグボーイズの協力を得て、小学生の部「チーム・アグレシーボ」のスーパーバイザーに就任。子供たちに野球の楽しさを伝えるため、野球を通じて世界に通用する人材に育ってもらうため、“育成”の活動に尽力している。現役選手で26歳という若さにして、こういった活動に取り組む例は少ないだろう。

 この日、4~6歳の未就学児38人、小学1~3年生35人を対象にした2部構成の体験会を終えた後、筒香は「勇気を持って」約12分にわたる問題提起をした。いまや日本を代表する巧打者は、野球界の現状や将来に対するアプローチに対して、大いなる「危機感」と「違和感」を抱いている。

「危機感」を抱く対象は、野球人口減少に対する野球界の取り組みだ。野球離れが進む理由の1つとして少子化問題が挙がるが、子供たちの野球離れは少子化の約8倍のスピードで進んでいると言われている。そういう状況の中で「野球人口が何で減っているのか、もっと掘り下げて考えていかないといけない」と感じると同時に、「世間がスピードを持って変わる中で、野球界はかなり多くの点で昔となかなか変わっていない」ことに気付いたという。

 野球界でなかなか変わらない点の1つが、「子供たちの育成を取り巻く環境」だろう。最近では、従来の詰め込み型、あるいはスパルタ形式の育成方法に疑問を抱く指導者も多い。子供たちの個性を伸ばす育成を心掛ける指導者は着実に増えているが、まだまだ少数派。一度は改革しようと決意して立ち上がったものの、環境や現実との板挟みとなり、志半ばになってしまった人も多いだろう。子供たちを最優先に考えた指導=プレーヤーズ・ファーストがスムーズに実施されない状況に、筒香は「違和感」を抱いている。

「違和感」を抱いたきっかけは…

 筒香が以前から抱いていた違和感を明確にしたのは、2015年オフにウインターリーグ参戦で訪れたドミニカ共和国での体験だった。ウインターリーグでプレーをしながら、現地ではメジャー球団のアカデミーを訪問したり、公園や空き地で野球を楽しむ子供たちと触れ合った。その時に目の当たりにしたのが、心から野球を楽しむ子供たちと、ミスを叱らず長所を褒めながら見守る指導者の姿だった。

「小学生の子供たちがジャンピングスローしたり、グラブトスを当たり前にして、ミスしても指導者が何も怒らない。選手は失敗を恐れずに、何回も失敗して、どんどん失敗しても失敗しても次のことにチャレンジしていく。できないことも何の躊躇もなくチャレンジしていく姿を、僕は初めて見た。バッティングの方もとにかくフルスイングです。変化球を投げる投手はほとんどいません。真ん中にストレートを思いっきり投げ込んで、バッターはフルスイングっていうのが基本でした」

 ドミニカ共和国の人口は約1080万人と日本の人口(約1億2670万人)の約12分の1だが、昨季メジャー開幕ロースターには93人が名を連ねた。日本人選手はわずか8人。「世間でも世界で通用する人材が必要とされる中、野球界がこれだけ遅れているのも事実。日本もいいところはたくさんあるが、海外に目を向けて、そこからいいものを吸収することはすごく大事だと思う」と力を込めた。

 日本では、野球に限らず、子供たちに考えさせる=想像力や創造力を伸ばす教育が遅れている。子供たちが考えを巡らせる前に、指導者や父兄が待ちきれずに答えを教えてしまう例は少なくない。「それが将来の子供たちのためになっているかというと、僕はなっていないと思います」と筒香は言う。では、なぜ指導者たちは答えを教えてしまうのか。それは「育てる」よりも「勝つ」ことに主眼を置いた「勝利至上主義」が根強いからだ。

 現在、小学生から高校生に至るまで、主な野球の大会はトーナメント方式で行われている。トーナメントは負けたら終わり。指導者が勝利にこだわるチーム作りに走るのも無理はない。だが、筒香は興味深い指摘をする。

金属バットの使用による弊害も

「骨格がしっかり固まり、体が出来上がっているプロ野球選手たちがリーグ戦を戦っているのに、まだ骨格がしっかり固まらず、体が出来上がっていない子供たちがトーナメントで戦っているのが現状。トーナメントはミスができない戦いがかなり続きます。試合に出ている子供たちは日程が詰まる中で何試合も連続で出て、体に負担が掛かるし、試合に出てない子供たちは面白くないし、いろいろな経験を積むことができない。そういう弊害があると思います」

 勝利にこだわったチームを作るために、練習時間が長くなる。子供が朝から夕方まで集中力を保ち続けられるわけはないし、体に負担がかかり、怪我をする確率が高まる。また、野球を始めたばかりの小さな子供たちに「勝たなければいけない」「こうやって打て」「こうやって投げろ」といった“指示”を投げかける指導者も増える。ミスを怒られれば、怒られないようなプレーに終始し、そこから創造力は生まれない。そういう状況を見た筒香は「子供たちが大人の顔色を見てプレーしている。野球は楽しいのに、子供たちが楽しそうに野球をやっていないっていう光景がすごく多いと思います」と表情を曇らせた。

 子供の将来を考えた場合、金属バットの使用も大きな弊害だと感じているようだ。日本では、高校まで金属バットが使用され、年々その精度が上がって打球が飛ぶようになっている。実は、アメリカでは大学生まで金属バットを使っているが、反発係数を抑制し、より木製バットに近い打感になっている。筒香も実際に使用して「僕もそのバットで実際に打たせてもらったんですけど、木製バットにより近いくらい飛ばないもの。しっかりボールを引きつけて強いスイングをしないと飛ばないものになっています」と実感。その上で「日本のバットは、去年甲子園のホームラン記録が塗り替えられましたけど、圧倒的にバットのおかげで飛んでいる打球も目にする。これは子供たちのためにはなっていない。僕も木製バットになれてちゃんと使い込むまでに時間がかかりました」と異議を唱えた。

 12分間のスピーチと、それに続く質疑応答の中で、筒香は何度も「勇気を持って」という言葉を繰り返した。現役選手が野球界の現状に違和感や危機感を唱えることは少ない。前例がほぼないことだけに、物議を醸すかもしれないし、反発を呼ぶかもしれない。だが、それ以上に「ただ野球人口を増やしたいとか、野球界のためにっていうのではなくて、本当に将来の、未来の野球界のことを考えたり、自分よりも将来の子供たちのことを考えることの方が大事なのではないかと僕は思う」と言い切る。そこに「勇気を持って」働き掛けることの意義を見出した。

「チーム・アグレシーボ」は、筒香の思いを具体的に世に伝えるために踏み出した第一歩。これを足掛かりに、今後もアグレシーボ(積極的)に各方面へ働きかけを続けていく。

(Full-Count編集部)

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