【特集】さらばJR三江線(下)

廃止が問いかける意味

廃線予定のJR三江線宇都井駅(奥)周辺で開かれたイルミネーションイベント=2016年11月

 ▽胸を打たれた言葉

 「終点の江津駅(島根県江津市)まで所要時間は1時間余りなのに、列車の出発まで1時間半も待つなんて…」。上下とも1日5本ずつしかない石見川本(島根県川本町)のダイヤに、そう絶句したくなった。3月末に運行を終え、開業から88年で幕を閉じるJR西日本の中国地方を走るローカル線、三江線。運転終了までちょうど100日を残した昨年12月21日、三次(広島県三次市)から乗った列車は、行き先の石見川本に定刻の午後0時18分に着いた。

 「葬式鉄」ラッシュに沸く三江線だが、地元在住者によると「1本の列車に乗っている地元客は大体3人程度」という。江津行きの列車が出発するのは午後1時45分のため、三次で乗り込んだ約60人の大半は石見川本で1時間半待つことになる。乗り込むのは三次から乗ってきたのと同じ車両(2両編成のキハ120)だが、乗務員が休憩を取るため全ての乗客を降ろしていったん施錠する。

 「列車待ちのため」という理由で途中下車した石見川本だったが、1時間半の時間を過ごす来訪者を迎える地元の皆さんのもてなしの心にすぐに接した。旅行者が「ランチ難民」にならないように、川本町観光協会の方が改札口で飲食店が記された地図を一人一人に配布。駅前の建物1階に「三江線おもてなしサロン」と名付けたコーナーが設けられ、スマートフォンを充電できるコンセントも用意する気の配りようだ。入り口には「三江線引退まであと100日」と記したボードをぶら下げた女の子のキャラクター「石見みえ」のパネルがあり、私も記念写真を撮っていただいた。

 胸を打たれたのは発車前の江津行きの列車にも乗り込み、われわれに語りかけた川本町観光協会の大久保一則さんの言葉だ。石見川本に延伸開業した1934年から走ってきた三江線がなくなるのは「とても寂しい」と語りながらも、笑顔を浮かべて「皆さんが訪れてくださるのは大変励みになります。引退まであと1度でも、2度でも、そしてなくなった後もいらしてください」と再訪を呼び掛けた。鉄路が失われることは通学客や高齢者らの足が奪われるだけではなく、観光客を呼び込む手段の一つも失うことになる。それだけに訪れてくれた旅行者に良い思い出を持ち帰ってもらい、リピーターとして訪ねてほしいという熱意が心に響いた。

 ▽「本町」でも乗降人員は…

 三江線と“伴走”する「中国太郎」の異名を持つ中国地方最大の川、江の川も、日本海に注ぎ込む江津市が近づくにつれて川幅が広くなる。列車はやがて江津市内に入った。途中の川戸からは1930年に最初に開業した“元祖三江線”と呼ぶべき区間だ。江津に隣接し、距離にしてわずか1.1キロにあるのが江津本町だ。一見すると「江津市の本家はこちら」と言わんばかりの駅名だが、江の川に面してさびれたプラットホームが1本あるだけの無人駅で、15年度の1日乗降人員はゼロ。広葉樹の森林に見守られて続く古びた線路は、トンネルを抜けた後に曲線を描き、山陰線と合流する江津に着いた。

 帰路は山陰線で浜田(島根県浜田市)へ向かった後、石見交通の高速バス「いさりび号」で広島駅へ向かった。バスは通行量が少ない浜田自動車道を南下し、約2時間25分で快走した。浜田で高速バスに乗り継ぐまでの待ち時間を含めても3時間15分と、芸備線と三江線に要した7時間1分の半分未満。しかも座席は背もたれを倒せるリクライニングシートで、Wi―Fiを無料で利用できる車内空間を提供している。運賃は全く同じ3350円で、江の川に沿って鉄道旅情を満喫できる利点以外は三江線の“完敗”だ。

 ▽廃線に至ったもう一つの理由

 利用客数が少ないために列車本数が間引きされ、不便になると利用客数がますます減り、赤字も膨らむ「負のスパイラル」に陥って廃止に追い込まれた三江線。JR西日本の元幹部は「廃止される大きな理由は、もう一つある」と指摘し、「これまでに江の川の氾濫や崖崩れで線路に被害が出ており、安全運行への潜在的な不安があったからだ」と打ち明けた。

 確かに三江線は江の川の氾濫といった自然災害にたびたび見舞われており、2013年にも長期間にわたって不通になった。JR東日本が赤字ローカル線だった岩泉線について、10年に起きた土砂崩れによる脱線事故後に復旧を断念して廃止したのとは対照的に、三江線は再び運行された。結局、廃止という行き先は岩泉線と変わらず、三江線が運行を終える翌日の今年4月1日以降は路線バスが機能を代替する。

 地域公共交通戦略が専門の名古屋大学大学院の加藤博和教授は「三江線は利用者が非常に少なかった上、路線の方向が住民のニーズに合っていない。大都市から遠く、観光列車を走らせても集客が難しい。廃線はやむを得なかった。地域の足としてはバス転換で利便性を高められるだろう」との見方を示す。今後も各地で存廃問題が生じるとした上で「三江線と条件が異なる点も多い。状況把握や必要性の検証、利用促進策の展開を地域ぐるみで行っていくことが大事だ」と強調する。

 他の地域に目を転じると、業績不振にあえぐJR北海道は16年11月、利用者が少なく同社単独で維持するのが困難な路線として10路線、13線区を発表。距離は計1237キロと同社在来線(計約2420キロ)の半分強に達する。

 JR西日本は三江線が廃止になった後も、1日1キロ当たりの利用人員を示す旅客輸送密度が16年度に100人と、JR発足初年度の1987年度(987人)の10分の1に落ち込んだ大糸線〈同社管轄は糸魚川(新潟県糸魚川市)―南小谷(長野県小谷村)〉といった赤字区間・路線への対応が経営課題となる。

 人口減少を背景にした過疎化に直面し、利用者数が振るわないローカル線を抱えている地方は少なくない。三江線が廃止に至ったことが問いかける意味は重い。(共同通信=経済部・大塚圭一郎)

R三江線の石見川本駅と、停車中のディーゼル車両「キハ120」=2017年12月21日、島根県川本町(筆者撮影)
JR三江線の車内で乗客に再訪を呼び掛ける川本町観光協会の大久保一則さん=2017年12月21日、島根県川本町(筆者撮影)

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