金正恩氏がどうしても明かせない「ワケあり女性」の微妙な動き

北朝鮮は、韓国で来月9日から行われる平昌(ピョンチャン)冬季五輪に合わせて三池淵(サムジヨン)管弦楽団を現地に派遣する。公演準備のため事前調査団が21日、韓国の江陵(カンヌン)市を訪れた。

女子大生を拷問

三池淵管弦楽団の玄松月(ヒョン・ソンウォル)団長率いる7人は21日午後、江陵駅に到着した。駅では数百人の市民が玄氏らを見ようと集まり、一行が現れると拍手と大きな歓声が上がったという。

韓国メディアは、玄氏が身につけているコートやバッグのブランドに注目するなど、まるで国際的なスターが訪韓したかのように報じている。その過熱ぶりに比べると、大人しいのが北朝鮮メディアだ。

南北が芸術団の派遣で合意したことは報じたものの、玄氏が韓国を訪問したことは一切伝えていない。それを報道することで、韓国の今の姿が北朝鮮国内に伝わることを警戒しているのかもしれない。

北朝鮮当局は、韓流ドラマやハリウッド映画など、海外の自由で豊かな社会の実像を伝える情報が国内に入り込むことに神経をとがらせている。こうした情報が、体制不安につながりかねないと考えているのだ。2014年4月には、韓流ドラマのファイルを保有していたという容疑だけで女子大生を拷問し、悲劇的な末路に追い込むほど、残忍な方法で対処した。

そもそも北朝鮮は、韓国社会について「世界最悪の人権の不毛の地、人間の生き地獄」などと伝えている。しかし、北朝鮮の朝鮮中央テレビなどが、玄氏を団長とする調査団の訪韓を報じれば、必然的に韓国社会の発展ぶりや自由な空気が北朝鮮に伝わることになる。

北朝鮮国民の多くは、韓国が自国より豊かな社会であると薄々感づいてはいる。それゆえに、調査団を伝える報道が韓国への憧れをさらに触発しかねない。

また、団長である玄氏に注目が集まっていることも、北朝鮮の人々には奇異に見えるだろう。玄氏は長らく北朝鮮音楽の旗手だったポチョンボ電子楽団の歌姫だった。現在はモランボン楽団の団長で、昨年10月には元歌手として初めて朝鮮労働党中央委員会の委員候補になるなど、北朝鮮では有名人なのである。

さらに、過去には金正恩党委員長の元カノという説や、金正日総書記の愛人だったという説が流れたことがある。また、あるスキャンダルをめぐり処刑されたという情報すら流れた。後にこれは間違いだったことが判明するが、なにかと話題に尽きない女性だ。

玄氏が海外で注目されていることが北朝鮮国内に伝われば様々な憶測を呼び、北朝鮮の人々は「なぜ玄松月がこんなに注目されるのか」という疑問を抱くだろう。同時に、海外で報じられている彼女にまつわるスキャンダルを含む様々な情報が逆輸入という形で北朝鮮に入り込みかねない。

情報鎖国といわれている北朝鮮だが、最近ではSNSなどを通じて、海外から流入した情報があっという間に広がったりもする。もともと娯楽が少ないせいもあるのか、北朝鮮の人々もスキャンダルにまつわる噂話には飢えている。たとえば、「喜び組」の情報などもそれに当たる。

北朝鮮が芸術団を派遣する目的の一つに、韓国における北朝鮮の負のイメージを払拭することがあるとみられる。しかし金正恩党委員長は、そうした「心理戦」の成果を、自国内に向け大々的に誇ることのできないジレンマの中にあるわけだ。

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