金属行人(1月23日付)

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 ある会社の工事現場で死亡災害が起こった。当該危険箇所にある程度の安全対策を施していたが、何らかの理由でこれを突破してしまったことにより起こってしまったらしい▼この事故に対して「安全対策を施していたのにそれを自ら破ってしまったのだから、会社には責任がない」という感覚をどう思うだろうか。自己責任論がまん延する現代では「その通り」という意見も多いかもしれない▼しかし、自分の身内や仲の良い友人が当事者でも、そこまでドライになれるだろうか。命の重さをどう捉えるかということでもあると思う。なぜ発災してしまったのか、どうすれば防げるのかを心の底から真剣に考えようという姿勢は、事情をくんで同情する心からしか生まれないように思える▼その人自身が〝万全の安全対策〟を突破して失敗したのだから防ぎようがないではないか、と言うかもしれない。しかし、〝万全な安全対策〟は労災が起これば〝万全〟ではなかったということだ▼朝鮮出兵で勝利間違いなしの作戦を立て自信満々の石田三成に、小早川隆景は負けた場合に備えて撤退の方法も検討するよう主張し、実際にこれに沿って撤退したとの逸話がある。全ての可能性を検討してこそ命を守ることができる。