【この人にこのテーマ】〈どう伝える「明治日本の産業革命遺産」〉《加藤康子内閣官房参与》ガイドマップや専用アプリ、IT技術活用

軍艦島問題「記録を元に真実共有」

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「産業遺産国民会議」とは

 「産業遺産」の世界遺産登録を目指す一般財団法人として加藤氏を設立人、八木重二郎氏(元新日本製鉄副社長、防長倶楽部理事長)を初代の代表理事として2013年9月に発足。名誉会長には今井敬氏(新日鉄住金名誉会長)、評議員には丸川裕之氏(日本プロジェクト産業協議会専務理事)が名を連ねる。

 世界遺産登録後はユネスコより勧告されているインタープリテーション(理解増進・情報発信・展示)活動に取り組んでいる。

 官営八幡製鉄所や釜石の橋野鉄鉱山など「明治日本の産業革命遺産」が世界遺産へ登録され2年半。構成遺産は8県11市・23カ所にわたり、製鉄・製鋼、造船、石炭という産業のつながりをいかに伝えるかは登録時からのテーマだ。これらの一体感をどう伝え、魅力を発信・活用していくのか。登録実現の原動力となってきた産業遺産国民会議の専務理事を務める加藤康子・内閣官房参与に聞いた。(黒澤 広之)

――世界遺産登録から2年半が経ちました。この間の活動を振り返っていかがですか。

 「記念品では日本郵便から切手、造幣局からは貨幣セットが造られ、案内ツールではガイドマップや専用アプリを作成してきました。アプリは海外からもダウンロードされ6千件を超えており、現在も増え続けています」

 「ガイドマップは日本語だけでなく英語、中国語、韓国語版も作成しており、今後もタイ語、ベトナム語といった多言語化をさらに進めていくつもりです。ARカメラをかざすとマップ上に各遺産のエフェクトが出てきたり、アプリでは動画を楽しめたりと、デジタル技術を活用することで稼働中の資産のため中に入れない八幡製鉄所なども3Dで理解を深められるようにしています」

 「今後は、こうしたガイドツールを活用するための研修も行いたいと思っています。インバウンドで訪日する旅行者が増えている中、外国人向けのガイドがいない場合でもこれらマップやアプリで案内し楽しんでいただけるよう後押しできればと思っています」

――今年は「明治150年」にあたり、政府としても関連施策に取り組んでいく予定です。産業遺産国民会議では当面、どう活動を行っていきますか。

 「まずはインタープリテーションの浸透に努めていきます。世界遺産の価値は各自治体が発信していますが、地元の遺産主体になりがちです。明治日本の産業勃興という全体像をつかめるよう、構成遺産としての解説を促す必要があると思っています。鉄鋼や造船、石炭といった産業を紹介するとなると、テクニカルな知識や専門性も欠かせません」

 「昨年末にユネスコへインタープリテーション戦略を提出しましたが、全8エリアにある遺産を総合的に伝える『産業遺産情報センター』を東京に設けると共に、各遺産の時代が重なる1850年から1910年までを共通した歴史として伝えていく方向です。私の考えでは、ここで共通展示を作ろうと思っています」

 「各遺産の共通ロゴを使った道路標識も今年度中に300近くが設置され、来年度も継続していく予定です」

――新しい企画では、どういったものを計画していますか。

 「開催は来年の後半になるかと思いますが、ロンドンのサイエンス・ミュージアムで明治日本の産業革命遺産に関する展示を検討しています。ジョージ・スティーブンソンの蒸気機関車やアイアンブリッジから、日本の橋梁や造船、近代製鉄へとリンクしていく日英の発展ぶりを、産業革命発祥の地で伝えられればと思っています」

――国民会議ではインタープリテーションの一環で「軍艦島の真実――朝鮮人徴用工の検証――」も公開しています。韓国で昨年上映された軍艦島(端島炭鉱)の映画が事実を歪曲したもので、これを正す狙いということですね。

 「我々の思いとしては軍艦島や徴用工について確かな記録をもとに真実をしっかり共有していただきたいということです。映画の内容は韓国内でも事実ではないと疑問の声が挙がっています。我々としては当時を知る人へのヒアリングを進めることで正確な史料を残し伝えていく考えです」

鉄鋼史の解説本作製へ

――加藤さんは産業遺産をウォッチする中で製鉄所もよく訪れているそうですが、鉄鋼業界をどう見ていますか。

 「鉄を制すものは世界を制す。人類の生活や文明、そして私達の体でも必ず鉄が使われています。産業のコメであり、建築物の基幹となり、私達の生活を支えるものです。鉄鋼業は今に続く日本の繁栄の源泉だと思っています。官営八幡製鉄所の建設を決めた伊藤博文首相は素材産業の重要性をよく理解していました」

 「鉄鋼業は地域経済も支えています。釜石を訪れると、鉄を造ることと地元の人の生活が一体になっているなと感じます。鉄鋼業のようなBtoB産業は日本が世界で勝てている分野であり、私としてもバックアップしていきたいと思っています」

――今後も勝ち続けていくためには、将来世代へ産業革命の精神を伝えていくことが求められます。

 「日本は一朝一夕で経済大国になったわけではありません。大変な労力や時間をかけて築いてきたものです。産業遺産は人の営みそのものであり、イノベーションはこうした生産現場から生まれてきました。稼働している『生きた工場』や、ものづくりの現場体験を通じ、未来を担う世代の育成につなげていくことはとても大切です」

 「いま私は新日鉄住金さんに協力をいただきながら、明治日本の鉄鋼史について解説した本を作っています。まずはガイドさん向けに配布する予定で、学生さんも鉄鋼に関心を持つ機会になればと思っています」

聞き手から

 工場をこよなく愛する加藤氏は「産業遺産」という概念を日本で初めて紹介した人物でもある。海外ではドイツのフェルクリンゲン製鉄所など産業遺産が早くから世界遺産へ登録されてきた。明治日本の産業革命という今までにない切り口で世界遺産登録が実現したのも、日本で産業遺産の価値を認知させた加藤氏によるところが大きい。

 その加藤氏は「今も産業革命は続いている」とした上で「中国や東南アジアなど海外へ生産が移されれば、経営とのギャップが生じ日本でイノベーションが生まれなくなる」と危機感を語る。将来世代が産業革命を担い、日本でのものづくりを継承していく一助となるよう、世界遺産を通じて産業界への興味喚起につながることが期待される。