東京五輪の会場で踊りたい!県警勤務のチアリーダー  手放した「好き」取り戻す 選んだ道生きる23歳

B1島根スサノオマジックのチアグループ「アクア☆マジック」でキャプテンを務める田中有以さん(手前)=松江市(

 「選択は間違ってなかった」。田中有以(たなか・ゆい)さん(23)は島根県警で嘱託職員をしながらバスケットボール男子Bリーグ1部「島根スサノオマジック」を応援するチアリーダーのキャプテンを務める。就職で一度は大好きなチアの活動を手放したが、人前で踊る爽快感やファンの笑顔が忘れられず復帰した。

 「ゴーゴーマジック!」。2017年12月、松江市での試合。チアグループ「アクア☆マジック」の8人が腕を振って声援を送る。タイムアウトには勢いよくコートへ飛び出した。テンポの速い曲に細かいステップやターン。息の合ったダンスに会場は盛り上がり、チームは貴重な白星を挙げた。

 松江市で生まれ、小中学校時代に新体操をしていた。踊りが好きで、高校を卒業し専門学校在学中の13年、知人の紹介でアクアに加わった。採点される競技と違い、見る人の笑顔のために踊れるのがうれしかった。

 しかし、試合日が集中する土日に出勤の多いエステサロンに就職が決まり、1年足らずで辞めることに。「中途半端に終わってしまった」。ずっと悔いが残った。

 エステサロンで働く生活を続けていた16年春、県警職員だったチアの先輩に誘われ、県警の仕事を掛け持ちし始めた。週に数日、広報県民課員としてデスクワークをこなすほか、音楽隊で交通安全の啓発もする。音楽に合わせて身長ほどの長さの旗を振る「カラーガード」は、市民に警察を身近に感じてもらうための重要な仕事の一つだ。訓練をする警察学校の体育館には冷暖房がないため、夏は暑く冬は寒さが厳しい。練習時間は長く、体力的にはきつい。それでも、週末は休み。働くうちに思いが膨らんできた。

 県警一本に絞ればチアの現場に復帰できるかもしれない。

島根県警の嘱託職員として広報県民課で働く田中有以さん(手前)=松江市

 ただ、チアは基本的にボランティア。エステサロンを辞めれば収入は半分程度になってしまう。数カ月悩み抜いた。出した結論は「もう一度、若いうちに体を動かしてパフォーマンスをしたい」。思い切って決断した。

 総勢11人から成るアクアのメンバーは過半数が高校生で、残りが社会人だ。練習は平日夜、月に数回。毎試合のように出演メンバーが変わり、立ち位置や振り付けの修正に多くの時間を費やす。

 ダンス指導の先生によると「どちらかというと目立たない子だった」が、復帰後は徐々に自信をつけ、17年9月にはキャプテンに。「今まではメイクの仕方を全然知らない子もいた。だけど、パフォーマンスをする側としてそれじゃいけないなと。みんなもっとかわいくきらきらして踊れるのにと思った」。メイクレッスンを提案する積極性も出てきた。

 良いパフォーマンスをして盛り上がればチームも勢いづく。それがうれしくて、もっと頑張ろうという気持ちになる。会場全体とコミュニケーションを取るような感覚が魅力だ。「東京五輪のバスケ会場でもチアをしてみたい」。夢は膨らむ。(共同=鶴留弘章28歳、24部終わり)

 

▽取材を終えて
 田中さんと初めて会ったのは、松江支局に赴任した2016年5月だったと思う。島根県警察本部の記者室にたまにやってきては、部屋の整理をして去っていく。会話は特になく「お疲れさまです」と声を掛け合う程度。今思えばまさにその時、彼女は大きな決断を前に悩んでいたわけだ。それからだいぶたって「田中さん、スサマジのチアやってるらしい」と記者の間でうわさになった。チアのとき、田中さんは「YUI」さんに名前が変わる。試合の取材で見たYUIさんは表情明るく動きが俊敏で、かっこよかった。いつもの物静かな感じと対照的で、少し意外だった。

 

2017年12月に行われた試合のタイムアウトで会場を盛り上げる田中さん(中央手 前)=12月20日午後、松江市

 けれどふと考えると、そもそも県警でふだんどんな仕事をしているのかよく知らなかった。取材では、県警でも彼女のまわりは明るさや笑顔であふれていた。「警察ってけっこう怖いイメージがあるかもしれないけど、音楽隊を通じて親しみを感じてもらいたい」と仕事の意気込みを語る田中さん。音楽隊として派遣された際に、市民から「また来てねー」と声をかけられ、優しさや温かみを感じると話す。まさに適材適所と感じた。

 動画もぜひ見ていただきたい。悩んだときは、コートで鼓舞するYUIさんがきっとあなたのことも応援してくれるはずだ。

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