「論文だけではだめだ」 医師の熱意、実る 再生医療を美容液に転用【革新に挑む・6】

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■第1部 起業家たち 琉大発グランセル

 「何億円もの研究費を獲得しても論文を書くだけでは人助けにならない」「社会から利益を得て研究に還元するシステムが必要だ」

 2016年10月、那覇市内の鉄板焼きステーキレストラン。琉球大学で再生医療に関わる3人の研究者が議論を交わしていた。酒が進み頬が赤くなってきたころ、同大非常勤講師で形成外科医の野村紘史氏(41)が長年温めていた一つのアイデアを披露した。

 それは、再生医療の産業化に向けた脂肪幹細胞の研究に使う培養液を、化粧品に活用するもの。幹細胞培養液は細胞の増殖を促す成分を豊富に含み、肌の「若返り効果」が期待できるという。しかし、県外の多くの研究機関では再生医療の研究に主眼を置いているため、使い終わった培養液は廃棄されていた。

 一方で、幹細胞培養液の化粧品は既に製品化され、国内でも人気を集めているが、出どころが不透明な海外産が多いという。野村氏は、国内で原料を製造・販売している企業がないことに目を付けた。

 「医師であり、大学研究者の私たちが日本製品として販売すれば、信頼性の高い商品が開発できるのではないか」

 同じく形成外科医の清水雄介氏(45)と、幹細胞培養を専門とする角南寛氏(45)も同調し、新ビジネスの可能性を模索。行政などから研究費を得なくても、自らのビジネスで世の中に貢献したい−。そんな思いが彼らを突き動かした。

 4カ月後の17年2月には株式会社Grancell(グランセル)を設立。琉球大学から初めての同大発ベンチャーに認定された。化粧品の開発を手掛けるポイントピュール(久米島町)とも提携し、今月13日に付加価値の高い美容液などの商品を販売する。

 設立からわずか1年で商品化へ至った背景は、県や琉大などが再生医療の産業化に向けた環境を整えてきたことが大きい。琉大が保有する日本最高レベルの細胞培養加工施設で培った技術は化粧品製造への転用が容易で、医師である野村氏らが効能を直接確かめることもできる。外部機関に研究・分析を委託する必要がなく、通常は3年程度とされる商品開発の時間を大幅に短縮できた。原材料となる幹細胞培養液の入手も容易で、大学発ベンチャーとしての強みを最大限に生かした。

 野村氏は「私一人だと、アイデアだけで終わっていた。実行力のある仲間がいたからこそ、発想を少し変えるだけで起業できた」と強調。「今後も再生医療研究を続けながら、新たなアイデアで商品を開発していきたい」と語った。(政経部・下里潤)

グランセルを立ち上げた(左から)形成外科医の野村紘史氏と清水雄介氏、幹細胞培養が専門の角南寛氏=琉球大学

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