水俣病患者の思い、文学に紡ぐ 「苦海浄土」弱者に寄り添う 石牟礼道子さん

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 10日に亡くなった石牟礼道子さんの代表作「苦海浄土[くがいじょうど]」には、母親の胎内でメチル水銀の被害を受けて生まれた胎児性水俣病患者が登場する。体が不自由な胎児性患者は、自分たちの思いを文学として紡ぎながら心を寄せる作家に勇気づけられてきた。

 坂本しのぶさん(61)は、自立を夢見て仕事を得ようと試行錯誤した20代のころ、石牟礼さんに励まされたことが忘れられない。障害があっても取り組める紙すきを提案した石牟礼さんは、出来上がった和紙を見て「便箋にしたらきっと売れる」。「その言葉で頑張ろうと思えた」と坂本さん。

 加賀田清子さん(62)は数年前、水俣市の患者療養施設「明水園」を車いすで訪れた石牟礼さんに会った。「私が『歩けんようになって大変ですね』って言ったら、『まさか清子さんに励まされるなんて』って涙ば流さした。最後にもう一度話したかった」と涙した。

 苦海浄土に、胎児性患者の孫のことを語る老漁師の話がある。孫の名は杢[もく]太郎。モデルになった半永一光さん(62)は、うまく言葉を発することができないが、石牟礼さんの容体を周囲から伝え聞き、最近は心配している様子だった。

 2013年10月。「全国豊かな海づくり大会」で水俣市を訪れた天皇、皇后両陛下は、急きょ胎児性患者と面会された。仲介したのは石牟礼さん。胎児性患者の支援施設「ほっとはうす」の加藤タケ子施設長(67)は「弱い立場の患者さんを常に気に掛けてくれた」と振り返る。

 苦海浄土は、当時の若者にも大きな影響を与えた。水俣病互助会事務局の伊東紀美代さん(75)は、苦海浄土を読んだことがきっかけで東京から水俣市に移住。今も患者に寄り添い続ける。石牟礼さん宅に居候していたこともある伊東さんは「患者の気高い人間性を文学として表現した業績は偉大だった」と惜しんだ。(隅川俊彦、山本遼)

(2018年2月11日付 熊本日日新聞朝刊掲載)

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